インクス流

インクス流 (ダイヤモンド社)

金型、日本の製造業を支える縁の下の力持ち、しかし今製造業が中国に移り、金型屋がだんだんなくなりつつあると言う。日本の製造産業の将来が危ぶまれています。

慶応大学の奥村教授にお願いして数年前に蒲田にあるインクスのK2工場を山田眞次郎 社長に案内してもらった。
たった3名しかこの工場では働いていなかったようでした。
この3名で月100型を作っているとのこと。
すべてがコンピュウター コントロールされており3人の若者はコンピュウターの指示に従い切削トウールの置き換えをしているだけでした。

数ミクロンの精度の金型が全自動で作られています。
金型の製造は従来は匠の技をもった金型師によって数ヶ月かけて作られていました。
この金型師は数ミクロンの精度を彼らの指先の感覚で実現していたのでした。
ですから日本にはこのような匠が何千人とおり、それが蒲田とか川口あるいは東大阪に群居していたのでした。これらの匠たちが指先の感覚で数ミクロンの精度を出しそれで日本の製造業を支えてきたのです。
ところが製造業が中国に移りこの金型職人が職を失おうとしています。
それよりももっともっと 気になるのが製造業が中国から日本に逆戻りできなくなってしまうことです。

このような匠の仕事は数ヶ月かかっかっています。
インクスの山田社長はかって三井金属でアメリカにわたり自動車のドアーロックの開発に従事していました。
そして日本ではホンダ車の大半に採用され 更には90年代の10年間クライスラーの全車種にドアロックを供給した つわものでした。
彼はクライスラーのビジネスを採るためにはスピードが一番大事だとして「開発--プロトタイプ--量産」 までの各々の時間を短くするためのいろいろな手を打ちます。日米双方に3次元CAD を置きデーターを両方からアップデイト できるようにします。アメリカで修正要求がきたらそのデーターを日本に送り日本でその修正が可能かをその夜のうちに検討して次の朝には日本から修正されたデーターが入ります。
それをクライスラーに確認を取ってオーケイが出ればその日のうちにまたデーターが日本に送られて今度はそれでプロトタイプがすぐに作られます。2,3日すると今度は試作品がアメリカに送られてきて検討が開始されます。
このように時差を利用したスピードのために見事に並み居る競争相手を蹴散らしてクライスラーのビジネスを物にします。しかも全車種に採用になったのです。
まさしく”時は金なり“です。 しかし山田さんは”時”ではなくそれは“スーピード”が金になったのだという。ですからインクスでは ”Speed is the money” と言っているそうです。そしてさらにはプロトタイプをすぐに作りこれでプロジェクトを加速してビジネスをものにしています。それで次に”Acceleration is the money”となったようです。
クライスラーにおける3次元CAD全社へ の導入さらには光造形 の現場を見せられて山田さんは一瞬 冷や汗が流れ、これは大変だ日本は負けてしまうと思いました。
日本の金型を作るための協業体制、すなわち、設計職人――試作職人―――そして金型職人 の匠たちの連携プランではあまりにも遅くなると認識してこれでは日本は負けてしまう。何とかしないといけないと、一緒に仕事をしていた数人の仲間におい明日から三井金属をやめて新しい会社を興す、ぞう といって4人の仲間と共に会社をやめて日本に帰ります。そしてインクスを設立しこれから 日本の金型産業を救うための大変な努力が始まります。

山田さんは従来45日かかっていた金型の製作期間を6日まで短縮しました。
その手段は匠の世界を見事に数値化してそれとソフトウエヤーを設計して徹底的にコンピュウター制御にすることによって45日を6日まで短縮したのでした。

山田さんはアントレプレナーです。しかし一人の人間だけではこれだけの仕事はできません。
まずは山田さんの大きなビジョウンがあること、そしてその次にそのビジョウンを共有しかつ一つの目標に向って進めるチームが必要です。

アントレプレナーの次の仕事は自分より頭のいい連中あるあるいは 過去のしがらみのないフレキシブルな若い人たちを雇いその連中に次の仕事をさせることです。

山田さんのビジョウンが更なるチャレンジを要求します。
なんとその目標は 6日から45時間です。 さてこの目標を従来のトップエンジニヤーグルプに提示します。しかしなんとその連中はそんな馬鹿なといって絶対だめだというのです。それはそのはずです45日を6日までがんばった連中です。はじめからその目標は頭に入らないはずです。
そこで入社数年の若い連中にこれを投げかけます。
なんとコンピューターを設計したこともない若いエンジニャが私がやります志願してきます。それでほとんどを入社後1,2年の若者たち30名ほどを選んでこのチャレンジを任せます。

人の使い方の究極みたいなものです。人の能力を200%に発揮させる手法です。
そして山田さんは彼らにプロジェクトを与えて自分は決して一言も口を挟まず、すべてを任せたそうです。そしてこの入社数年の若者たちが見事に6日を45時間まで短縮したとのこと、見事な人の使い方です。人の能力を見事に300%も引き出しているのです。
しかし面白いのは金型製造の経験のない ずぶの素人でした。しかも法学部出身のリーダーが優れていました。とにかく先入観がないのが一番幸いしたのではないだろうか。そして挑戦する精神の持ち主だったのがよかったのでしょう。それにしてもこの連中に全幅の信頼を寄せて仕事をすべて任せた山田さんの人を見る目がすばらしいですね。

こんな上司に恵まれてこのチームに人たちは大変幸せだったでしょう。
とにかく匠の感覚を数値化して製造装置の性能をその数値化した値まで精度を上げること。これはすべての変動値に対する精度を出すために大変な努力が伴いました。
それをこの若い連中が一つ一つかたづけていきます。
たとえば1ミクロンの精度を出すためのドリルビットの精度だししかも数万回の高速回転をしているドリルの歯をミクロン単位で制御します。
これも金型を作ったことのない大学を卒業して間もないエンジニヤーが取り組むのです。先入観のないこと従来の概念にとらわれていないからできたことだろうと思います。

しかし山田さんはどんな気持ちでこれらの若い連中を見ていたのでしょうか。
もういつでものどから手が出そうになっていたのではないかと思う。
そしてとうとう彼らは45時間を達成します。
おめでとう、むしろ 山田さんにおめでとうでしょう。

そのほか山田さんはあらゆる製造工程の短縮する手法を編み出します。
そしてその手法を日本の各製造メーカ に提供します。

アントレプレニャーはそのビジョウンをしっかり持ちそしてそれをいつまでも持ち続けることです。そしてそれを共有できるチームを持つことです。そして難しい高い目標を全員一致でチャレンジすることです。

成せばなる成さぬは人の成さぬなり です。
そして”Acceleration is the money” がついには雪ダルマが坂を転がって太っていくようについには 雪だるまが転がっていってますます太りたくさんの利益を上げていきます。この利益がさらに次のチャレンジにつぎ込まれていきます。
今インクスは人がほとんどいない全自動の金型工場”零“工場が長野県にあり、携帯電話の金型を人手を経ないで24時間つくられています。

さて山田さんの次のチャレンジは何でしょう。
もしかすると“零”工場から車が出てくるかもしれない。
山田さんがかかれた”インクス流“ という本にチャレンジの詳細が書かれています。

2008年 タイコンファレンスで講演する インクスの山田真次郎 社長

2008年 タイコンファレンスで講演する インクスの山田真次郎 社長