10/03/15 月曜日11:45:34

ソニーの元執行役員上席常務の蓑宮武夫さんが本を出版されました。



日本のエレクトロニックス業界をリードしたソニーの新製品開発への燃えるような努力、その主なプレイヤー達の活躍が鮮明に述べられていて大変興奮しながら読ませてもらいました。業界をリードした会社だけあって、まずは素晴らしい創業者がいらしたこと、さらには出る杭たる侍が相当数いたことがソニーの栄華を築きあげたのだと思う。まずは井深さん盛田さんのDNAが継承されたことが一番大きいと思う。世界で最初にトランジスターラジオを作ることを決めた井深さんの決定は凄いですね。まだゲルマニュウムのトランジスターがやっと作られたころによくもこの決定がなされてこと。すごいです。日本で最初にゲルマニュムのトランジスターを作られた岩瀬新吾博士が、三洋の半導体事業を担当してトランジスターを作り始めるころに私も半導体屋としての一歩を歩みだしたころなので、このころの苦労がよくわかります。本の中での岩間レポートの話がありましたが、このころ日本の各半導体関係者がRCAと契約して、アメリカのニュウジャジーのサマービルに沢山の半導体技術者が駐在していました。そして彼らがRCAのOperation Manual (OI)を日本に送り届けて、どのようにしてトランジスターが作られているかを、必死になって日本にレポートしたものでした。Q-Tip(いわゆる綿棒、みみかき) なるもの記述があり、エンジニヤーが何だろう?と相当頭を悩ましたという話を先輩に聞いたことがありました。大変な苦労でゲルマニュウムトランジスターが出来上がっていったものです。日本の半導体事業もこのような苦労の中から立ち上がってある時期に”Japan is No.1”となったのでした。

今日本では”Innovation”が出ない、日本は駄目だ日本の大人たちは駄目だ(老害)ということを聞くことが多くなりました。又大企業は駄目だともきこえてきます。しかしそうだろうか、日本がこの小さな島国から世界第2の経済大国になったのは”Innovation”があったからこそここまでこれたのだとおもいます。外から見えない大企業の”Innovation”それを蓑宮さんはこの本の中で鮮やかに浮き彫りにしてくれました。時代劇を見るたびに下級武士が殿の誤った決定に対してそれを正す時、切腹覚悟で“殿それは間違っています”。と進言する。その忠言に迫力あるいは、気がこもっているときは殿といえども自分の過ちを正している。勿論切腹させられたものも中にはあるようだけれども、部下の国を思う思いは通じるものがあるからだと思う。徳川300年の歴史が培ってきたこの上下関係のあり方が現在のわれわれの考え方にそのまま影響してきていると思う。この自分の命を賭して意見のできる人物がいわゆる出る釘の人物ではないだろうか。日本の組織はものすごくがっちりしていて上下関係がしっかりしていてその則は越えにくくなっている。しかし国家の存亡にかかわる時黙っていられるだろうか・・・。

この本はそんな組織の中でどのようにして”Innovationができてきたか”を語ってくれる。

江戸幕府から明治維新にかけての若き獅子たちの活躍は国家の存亡にかかわるときに身を賭して立ち上がった若者たちの活躍ではなかったか。もし切腹を覚悟で殿に意見を言う文化がなかったらこのような勤皇の志士達は出てこなかったことでしょう。しかし又その精神的な支えを醸造してくれたのが当時の国学者たちであったと思う。吉田松陰、荻生徂徠、などの若い人たちを導いてくれたのだとおもう。又、西郷隆盛のように漢籍から自ら学び利他の心を身につけて明治維新に貢献した。当時の英雄たちはみな下級武士たちであった、ですから殿はどんなん愚鈍な殿でも務まっていたのである。この風習が残っていた愚鈍な社長がいる会社で最後にはつぶれた会社も見かけるがたいていは志士達によって持ちこたえている場合が多い。

英邁な社長がおりそして若き志士達がおれば会社の繁栄は問題ないとおもうし、”Innovation”もおこるものです。ソニーが英邁な上司を持ち、意気盛んな志士達を抱えてきたのが、今日のソニーを作り上げて来たのだろうと思う。井深さんと盛田さんのDNAは凄いしかしそれを支えてきた志士達もまたすごい。金のかかる方向転換は殿にしかできない。ソニーの半導体を作るという意思決定はトップのDNAがなせる技です。そして日本全体が又半導体を作る方向に行ったのも又、凄いと思う。

ソニーの世界で初めてという各種の製品開発はたいしたものでした。最初の電卓「ソバックス」、あるいは最初のデジタルカメラ「マビカ」、トリニトロンTV、AIBO、これらの商品がのちの大きなマーケットとなっていった。そしてデジタルカメラの素子となるCCDを16年もかっかて開発をつづけた努力は凄いと思う。本の中のたびたび “千に三つ”という言葉が出てきて面白いとおもった。“千に三つ”とはベンチャーキャピタルの成功率のはなしです。即ち千社に投資して成功する会はわずか3社なのです。シリコンバレイの過去のデーターを見てもほぼこれに近いようなデーターがでています。アメリカのベンチャーキャピタルはこのような低い成功率に多額の金をつぎこんでいます。ギャンブルにしてはあまりにも割に合わないものですが。やっぱり西部開拓時のフロンテヤ精神が旺盛なのでしょう。又新しく創造していかないと世の中が停滞してしまいます。あるいは絶えずチャレンジしていくという精神が旺盛なのかもしれません。株式市場が上がり調子の時は千に三つでも十分に大きな利益がもたらされていました。しかしチャレンジしていかない限り、先細りになってついには破綻してしまいます。やっぱり開拓者精神で先を進むしか我々の道はないものです。ソニーの開発も千に三つで来たようです。ですが、三つを成功させるための千のチャレンジがあることが大事です。

さてそれではその千の玉をどのようにして作るのだろうか。

企業戦略から出てくるプロジェクトからは千もアイデアはでません。それは部下(侍)からしかでません。そこにどのような侍がいるかによって千のアイデヤがでるのです。

さてそれではその千のアイデヤをどのようにして三つに仕立て上げていくのか。

かってオランダのフイリップスとICの開発のプロジェクトを持ったことがあってアイントフォウベンの街のレストランでフィリップスのエンジニヤ達と食事をしながら雑談をしていた。アイントフォウベンの街は静かな小さな田舎町です。森の中の一軒家みたいなのがレストランでした。そしてそこには近所に住んでいるフイリップスのエンジニヤ達が時々食事をしています。結局のところこんな場所がフイリップスの中の違うセクッションの人たちを結びつけているのです。とにかく町全体がフイリップスの人たちですから。ここでどうしてCDが開発されたかの話をききました。ある研究所の科学者がプラスチックの板に信号を書き込めないかを考えていたその考えをテレビのエンジニヤーとさらに半導体のエンジニヤに話をした。その彼はこの3名のほかに他の部署の技術者にわからないことは話しあっているうちに自然にアングラのチームが出来上がった。それから彼らは夜になるとその科学者の研究室に集まり実験をくりかえしてある程度のものができて、それから社長に進言したのだそうです。そしてOfficial Projectとして取り上げてもらい、くだんのアングラ部隊がそのままCD開発のチームを作り上げたという。こちらにも騎士道あり、でもしかすると武士道に近いのでは。又このCD技術はソニーがいち早く取り上げて世界に広げたのもソニーのDNAがなせるわざです。アングラプロジェクトというのはほとんどの会社で行われている又このように下からあがるがるプロジェクトこそ芯のあるプロジェクトなのです。意気盛な若きアントレプレナー達がこのようなプロジェクトを立ち上げてあの大会社をささえています。千に三つですが。それを生み出すために何千というアイデアが葬られてそして三つのプロジェクトが会社をささえていきます。明治維新も多分この千に三つのたぐいかもしれない。

私もGreen LED,Laser Diode,世界最初の15Wattオーデオアンプ、それが高じてハイブリットIC事業部ができた 。当初のLCD Displayなど組織を越えてアングラ組にくみして世界に市場をさがしてあるいたものでした。そしてデジタルカメラを大きく立ち上げのために他社のエンジニヤと組んでのアングラも経験した。しかしアングラをアングラだけにしておけば開発はおわりです。あるところでこれをオーソライズしてもらわないと闇に葬られてしまいます。そこに英邁な上司と社長の存在が必要です。

ソニーには見事に井深、盛田のDNAで育って人材がたくさんいてその人たちがソニーを支えてきています。その一人が蓑宮さんだったのですね。日本は製造王国でそれでここまできました。しかしもう大企業が硬直して駄目である、ソニーが製造を放棄したなどと非難されています。しかしそれは決してそうではないとおもいます。まだまだ侍がいます。そして千三つのチャレンジがつづいています。かって出井伸之さんをTie Conのキーノートスピーカーとしてシリコンバレイにお迎えした時、出井さんの話の後から会場からの質問を受け付けたこの時、私は司会をしていましたのではっきりとおぼえています。質問の内容は「いつになったらソニーはグーグルのように利益をあげられますか。」というものでした。その答えに出井さんは何と次の様にこたえたのです。

“グーグルの様な会社はいつまで存続するかわからないでしょう。” 

四千名いた観衆はここで一斉に拍手喝さいしたのです。多分その心はバーチャルビジネスとリアルビジネス即ち製造の強みを言われたのではないかとおもいます。日本の強みは製造です。その製造を支えているのが部品なのです。精巧で信頼性の高い部品なくしては今日のエレクトロニクス産業は成り立ちません。製造場所は変わるかもしれませんが。構成している部品は部品メーカーからしか買えません。中国での生産がふえています。しかし部品は大半が日本からです。その部品は日本の大手からの要望で作られたグレードアップされたものなのです。今後とも日本の部品メーカーは成長していくでしょう。又日本の製造メーカーも開発は日本で続けて行くしその要望は部品メーカーに反映されていくものと思う。

本の中に青木桂子さんという女性の活躍の一節がありました。これこそ日本のアングラの世界と殿を結ぶ接点です。どれだけ彼女の活躍がソニーを救ったことか。それでも千に三つです。今、大企業に問われるのはこのアングラプロジェクトの限界があります。青木さんの苦労は数分の空き時間の勝負です。これからも勿論このような努力はいつの世にもあるかとおもいますが。逆に外のアングラプロジェクトを社内に取り入れることを、もっと日本のメーカーは考える必要があるのではないでしょうか。Ciscoは外部の会社を買って、しかもその会社の技術とエンジニヤーを自社の重要な所に配置しています。それだからこそ20%とか30%の成長をまだまだ保ちつづけています。

さあもう井深、盛田のあとを追うのではなく新しくできるベンチャーのアイデアを果敢に取り込まないといけない時期です。中国が日本を抜いて第二の経済大国になりました。日本もこれ以上離されないように外部の技術を取り入れてリープ、フロップしなければいけません。そしてキーコンポネンツをいつも抑えていく必要があります。そうすれば第二の大国でも利益は世界一に保つことができます。


いい本は出されました。自分の身の上にも照らしながら、大変懐かしく読ませてもらいました。そして又各社の侍に思いを及ぼしていました。今ベンチャーインベツトメントに携わっていますが、千に三つでも一つだけでも世の中に貢献できる技術が開発されて、それがいつの日か、世界経済に大きく貢献できる日が来ることを祈って、小さい努力を続けると同時に、若い人たちを鼓舞しつづけていきたいとおもいます。


蓑宮さんありがとう。涙が出るほどいい本でした。
世の中の技術者がたくさん読んでくださることを期待しています。


March,14,2010 Silicon Valleyにて。