シリコンバレーのエンジェル投資ブログ

月: 2010年4月

超禅寺合宿 2010

今年で2年目の超禅寺,座禅の合宿を行った当初の13名の参加予定者がビジネスのスケジュールが合わず、6名だけの参加となってしまった。少人数にもかかわらず超禅寺の老師達が全プログラムに最大の努力を傾注していただき大変充実した合宿でした。

ここホノルルの超禅寺は、ハワイの田上天心氏が、日本の臨済宗の大森曹玄氏にお願いして、沢山のボランティアと共に自ら作り上げたお寺です。ボランティアの人たちが大きな石などを1つづつ動かしながら、このお寺が作り上げられたのだそうです。ハワイ、一の剣の達人であった田上天心氏が何回も日本を訪ね、大森曹玄氏に師事し、是非禅寺を作りたいという熱い思いを伝え、その要望にこたえる形でこのお寺が作られたそうです。

禅の修行、そしてその修行が、武道の修行に励むことによって、武道の奥を極められるのだという。
大森曹玄の著書“剣と禅”という本の中に、座禅の修行によって剣の極意に達した人々の例がのべられています。 また、超禅寺で修業したウイスコンシン州出身のケネス・クシュナー氏“一射絶命”の本の中にも弓禅一致が説かれています。超禅寺はその後、沢山の人たちが禅の修行と武道の修行、あるいは、セラミックでの創作を行い、その奥義を極めています。座禅によって自分の人間性を高め、そして武道に芸術にその奥義に近ずけるように毎日努力するのです。

さて参加した若き経営者たち、この経験が経営にどのように反映されるのでしょうか。

プログラムは朝の5時起き、それから30分間の座禅、一汁一菜の朝食、それから呼吸法、弓道入門、書道、尺八、そして夜の座禅などを夜10時まで盛りだくさんのスケジュールです。

座禅の基本が呼吸法にあります。この呼吸法を老師にじっくり指導していただきました。この呼吸法がすべての基礎になります。尺八しかり、弓道しかり、そして書をなす時もおなじなのです。気合を掛けるときも同じ呼吸法です。だから剣聖が毎夜数時間の座禅をして悟りを開かんと努力していたのです。30分間の座禅も初めの2回ほど我慢できればあとはそれほど苦にならない。若い人たちはからだが柔らかいのですぐ慣れているようだ。今年初めて参加した若い人などは足のしびれも感じないらしい。今回のわれわれのスケジュールは次のようになっています。夜は道場に寝袋にくるまって寝ます。ハワイは温かいので全然寒さを感じません。

【超禅寺合宿2010 全日程】

●26-Feb
Arrive Honolulu

3.00pm 超禅寺到着
3.30pm 入浴
4.00pm 夕食
4.30pm 座禅入門
6.30pm 弓道
8,30pm Group meeting Taira juku
9.30 pm 睡眠

●27-Feb
5.00am 起床
5.30am 座禅
6.15am Exercise Stretch
6.30am Hara Training and how to breath (呼吸法)
8.00am 朝食
8.45am 書道
9.30am 休憩
9.45am 弓道
11.30 am 昼食/休憩
12.00pm 尺八
1.30 pm 休憩
1.45 pm Zen & Sound(お経)
2.45pm 禅セラピー(ボディケア)
4.00pm 入浴
5.00pm 夕食
6.00pm 座禅
6.45pm 弓道
8.00pm Lecture宮本武蔵 五輪書-空の巻(Musashi ,5 ring)
8.45-9.30 Taira Juku meeting

●28-Feb
5.00am 起床
5.30 am 座禅
6.15 am Stretch class 
6.30am 弓道
8.00am 朝食
8.45 am 書道
9.30 am 弓道
9.45am 武道-直心影流法定(jikishinkageryu)
11.30am 昼食/休憩
12.00pm 尺八
1.30 pm 休憩
1.45 pm お経
2.45pm 禅セラピー(ボディケア)
4.00pm 入浴
5.00pm 夕食
6.00pm 座禅
6.45pm 弓道
8.00pm Lecture:宮本武蔵 五輪書-空の巻(Musashi ,5 ring)
9.00-10.00pm taira juku meeting  

●1-Mar
5.00am 起床
5.30am 座禅
6.15am 書道
7.30 am 朝食

Departure
■■■

綱 領

禅は生死を脱却し尽十万世界を
真実人体を究尽する身心一如の学
道である、宮本二天が巌の身と号し柳
生石舟斉が轉しの道と称したものはその実
證に他ならない、身体的表現を伴わない
禅は空論であり、心的究明を経ない武道は
妄動であり倶に吾等の肯わざるところである。
吾門の修道者夫れ勉めよ。
日本臨済各宗の本山当局各位よ。
茲に開眼して吾等と倶に世界に翼たけ!

一九七九年十月一日
インターナショナル禅道場
超禅寺主管
天心義隆

道場の入り口には田上天心老師の綱領が掲げられている。禅修行の精神をうたっている。道場に入る時この心根で修業しなさいということを老師が言われた。

さて弓道の修行が始まった。最初は立ち方、そして呼吸の仕方をおしえていただいた。丹田のしたに気をためる盤石の姿勢でしっかり立つ。この状態ではどこから押されても引かれても動かないのです。弓道の一挙手一投足はすべてが最後に弓を放すまでにしっかりと従わなければ矢は的にあたりません。凄い緊張の連続です。どっかで気が抜けると矢は的を大きく外れています。ですから座禅をしっかり身につけ呼吸法をしっかり身につけていなければいけないのです。

この道場で初めて弓を引いたウイスコンシンの青年、クリシュナー青年、超禅寺で修業し、さらに鎌倉の須原和尚に弓道を師事して、ついには弓道の真髄を会得して“一射絶命”という本を著しました。よく弓道の真髄を語っています。日本人が書いたものよりよくわかります。(もちろん日本語訳ですが。)

禅の修行とセラピスト、超禅寺の禅とは何だと疑問に思い修行に来られたWilliam Leichという方の話を禅セラピストから聞いた。最後まで禅を疑問視し超禅寺に修業にきた。しかし数カ月にわたる座禅の修行によって、禅なるものを会得した。そして自分のセラピストのコンセプトを大幅に改善した。即ちセラピストはどうあるべきかを悟って新しい禅セラピストを開発したのでした。彼の教え子である日系の女性が、我々に禅セラピーを伝授してくれた。とにかく凄く痛いが、あとですっきりします。私の腰痛もこれですっかりなおりゴルフのスコアーもよくなりました。これもひとえに禅セラピストのおかげです。なおゴルフの集中力は弓道を経験してまた一段とよくなりました。

初めての人たちも座禅の30分を無事こなしてくれた、誰も警策のお世話にならずに済んだ。

■■■
尺八の練習これもまた座禅の呼吸法そのものです。なかなか音が出ない。3日間練習したがついに私はギブアップしてしまった,あとの人たちは少なくとも音は出た。やっぱり修行が足りない。また来年は音を必ずだしますと言ってプラスックの尺八を借りて今、毎日努力している。

■■■
【愈々弓道の構えから 引き分けに移る一挙手一投足が命につながる。】

【弓がまえを教えてもらう佐々木勉君】

【そしていよいよ離れとざんしん。さて矢は的に当たるだろうか。】

結局、田中有佳ちゃん一人が的を得た。津波先生曰く、「的に当てるというのが目的ではないので、的に当てよう当てようと的に当たった結果だけを追わないでくれ」という。慰めなのかでも的に当てたい!・・・が残念。来年まで待たないと的は撃てないみたい。来年までの言い訳にしてしまった。

■■■

五輪の書、空の巻の講義。横山老大師の講義、空(くう)とは、無とは、講義も又 “無” 、一同ただ ????? さては修行が足りないのか。先生がたも熱心に聞いていたが、どの顔も“無”、はて!!


おやつの時間一汁一菜。後3時には豪華なおやつがでます。ばちがあたりそうなスイーツです。我々はまだ甘やかされているのか・・・。

■■■
書道は3日間中、ただ“一”という字をかかされた。書道とは墨気を養うことだという。いわゆる腹に座った気力が全部出せるかということらしい。大森曹玄の“禅と書”の中にもどれだけ気合が入っているかが大事だという。ただ字をなぞるだけでは書道とは言わないのだという。だから山岡鉄舟の書はたくさんの偽物があるが、本物はすぐわかるという。それだけ気あいが入っているという。その山岡鉄舟の書でも彼が悟りを開いたあとの書が、又一段と違うのだという。気合あるいは悟るということはそれほど違うものらしい。超禅寺にある書はほとんどが大森曹玄の書です。それが皆ベニヤ板の上に書かれている。墨気がなければすでに薄れてしまっているのでしょう。いまだ生き生きしている。

【安達さん相当気がこもっているね。隣は田中有佳ちゃん。】

作品発表さて、3日間の努力の結果さてと、どれが墨気があるだろうか。吉岡君のものが一番ありそうです。将来を嘱望できますね。

■■■
お経の時間まずはお経に入るまで皆で発生の練習。「あ、え、う、お、い」をみんなで腹の底から発声する。不思議なもので皆の声がそろったところで大きなハーモニーとなって音の波が見事に道場中に響き渡る。素晴らしい。一人ずつ発声させられて音をあわせていく。

そしていよいよ木魚に合わせて皆でお経をよむ。その前に井上老師がまず手本をしめしてくれた。素晴らしい。なんと素敵な音楽なのだと見まがう。彼は日本語はできないが、お経の素晴らしいこと。あとで意味わかるのかと聞いたらわからないという。とにかく音楽としてお経を読んでいるみたい。さて我々も皆で合唱、素晴らしい。みんなの声がそろった時それはいかなる音楽家の歌よりも素晴らしい響きである。不思議なことにここの老師達はすべて音楽の先生だという。津波先生はベートーベンとかブラームスとかの一楽章が出てくる。又田上天心も音楽の先生だったという。

なーむーさーまんだー もどなん。。。。。。。。。ぎゃーぎゃー
ぎゃーきー ぎゃーきー ぎゃーきー  うんぬん。。。。。。。。 

ぎゃーきーとはなんだろう。しかし今はそれを探索する必要もなさそうです。ただただ全員の共鳴に我を忘れて聞いていました。これを暗記して木魚でも買ってきて、自分で唱えようと思う。仏教はいい念仏を創りだしたものです。意味不明だがこのリズムを聞くだけでいいのだ。

Himalaya紀行【March 14,2010】

仲間と共にNepalに行きました。

成田から香港経由でKathmandu、大変疲れた。すでに夜中、たまたま僕の誕生日でSunset View Hotelのロビーで絹のスカーフで誕生を祝ってもらった。昨年の10月に来る予定だったが伸び伸びになってもうこれ以上延ばしたら 永遠に行く機会がなくなるのではないかということで友人たちを誘って決行してもらった。Kathmanduは盆地でPollitionがひどい、おまけにはげ山のために土ぼこりも加わっている。まるで黄砂です。人口増が町を益々スラム化させている。とにかく貧しい。毎日朝10時ごろから夕方まで停電となる。どうも定期的にやっているようで、多分昼間は停電にするようになっているのではないかと思われる。Kathmanduの発電所は昔日本政府が援助して作られた発電所で、いまだこの一つだけに頼っているようです。昼間の電力を賄えないから自然に昼間を停電にしているのではないかと思う。したがって企業は自家発電を用意しているようです。これが又Air Pollutionを増長させているようだ。ここの企業は電力確保のために相当な苦労をしているのではないかとおもわれます。時間があってNepal Telecomに寄って話を聞いた。Cell phoneの普及は27%近くとふえているようです。Fixed Lineの電話の方が電力が常時ないだけに伸びていない。確かにヒマラヤの奥地に行っても携帯電話はつかえる。インフラの設置に苦労している。電気が常時来ないのでソーラーバッテリーを用いて中継器の電力としている。だから結構金がかかっているようです。このあたりに小型水力発電あるいはSolor EnergyとLarge Capacitorの組み合わせによるLocalのローコストのEnergyが必要に思われる。日本の企業がこのあたりに進出すれば、まだまだビジネスのチャンスがあるようにおもわれる。又今のKathmanduのPollitionを少なくするのに、それこそEco-Cityへの移行を本格的に手助けすれば、これもまた日本企業が進出できるチャンスかと思う。電力と水が必要、水はヒマラヤの山々から沢山供給されている、発電所ができれば又水もふんだんに供給できるはずです。これらの水を農業用にも使うことによって農業の発展が期待できるし、お隣のインドという大きなマーケットも控えているので、水も電力も良いビジネスになりうると思う。日本大使館の藤原公使とのDinnerで公使もこのあたりを日本の企業に働きかけようと計画されていた。誰か頑張って乗り込んできて真剣に取り組めばビジネスも展開されることと思う。どの会社でもいいが鈴をつけに来てくれる開拓者魂を持つ戦士がいればいいのだが。この国の人たちのためにあるいは将来の子供たちのために企業の進出と共にJaicaの資金などを有効に使えばいいのでは。

■■■
次の日は古都パタンの観光と買い物、ヒンズー教とネパール仏教の入り混じったような感じの大寺院がありました。

【パタンの町の大寺院】

ここではヒンズー教と仏教がうまく調和して存在するようです。ヒンズー教の神と阿弥陀如来などが共存しているようです。聞けば、おおもとはバラモン教から分かれた中の良い兄弟のような関係で、お互いに相手の存在を認め合っているようです。まるで日本の神仏混合の様な感じです。

■■■
次の日にいよいよエベレスト と対面、こちらは20人ぐらい乗りのプロペラ機でエベレスト連峰を見学。一人ずつコックピットの後ろから写真を写させてもらった。この写真はガイドのPiterbar氏が写したものをいただいた。やっぱりもう少し近くでみたいものです。あまりにも遠すぎる。ヨーロッパアルプスを見たときはいろいろ本で読んでいた山の歴史とふもとに住む人々の事を知っていただけに身近に感じたがエベレストはテンジンというガイドの名前とヒラリー 卿ぐらいしか思い出すだけであまり感動がない。やっぱり近づきにくい山なのだろうか。またの日にもう少し近づいてみたいものです。

【Pitamberさんの撮影するNepalの山の写真はほとんど、彼の作品が絵ハガキになっている】

■■■
さて次の日からヒマラヤの山々と対面、まず早朝にポカラという町にヒコーキで飛ぶ。ボカラの町からはアンナプルナの山々、マナスルなどが目の前に展開している。かつて日本隊のマナスル登山の活躍などを本や雑誌で興奮しながら読んだ記憶がよみえってきました。8千メートル級の山々は近くに見えて近づきがたく遠くにあります。やっぱり素人には手が出ない山なのだとただ眺めているだけになってしまいます。

【平画伯(自分)のスケッチ】

■■■
次の日はJamson まで飛行機で飛び愈々秘境に足をふみいれる。ジープで3時間ほど乗って、ヒンズー教とチベット仏教の聖地ムクチナートをたずねる。

【ガンジス源流の左岸をジープで登る。石ころの上をジープが突っ走る】

ジープがついたところが何と3500メートルの高地。頭がふらふらする。さらにここからあと200メートルを登らないとお寺までいけない。参加者ほとんどがふらふらで、夢遊病者のように一歩一歩ゆっくりと登っています。ヒンズー教のお寺の周りの清水を流している給水パイプが並んでいる。ここで身を清めるためにこの水に打たれて煩悩を流してもらうみたい。ちなみにパイプは108あった。さすがに水は冷たい。あきらめて我が煩悩はそのまま温存して、手だけ108回濡らして行の代わりとする。そしてその脇に円筒に経文を書いたマニ車があった。これをまわしてお祈りをしていくようです。念のためマニ車を数えたら110個あった・・・。煩悩が少し多いのかなあ。本尊観音菩薩像を収めたチベット仏教の寺があった。この中に清水が流れていてその中から天然ガスが出ていて火がついている。年中絶えることなく火がともっているようです。ヒンドウのお寺も見てジープの待つところまで3500メートルの高地です。帰りはもうフラフラで皆が夢遊病者のように歩いていた。やっとレストランのあるところまで降りて軽い昼食を取り、ネパールミルクティーをいただく。生き返ってようだ。2,3人の仲間が少し横になって回復を待つ。

【あと200メートルでお寺。頑張れ。】

【煩悩よ去れ。】

今晩の宿ナウリコット村のThasang Villege Lodgeに、また3時間ほどジープに揺られて、ガンジスの源流から急な山道のつづら折りを9回ほど繰り返してLodgeに到着。Lodgeは2700メートルの高度にあり、目の前にダウラギリの8167mの山なみがよこたわる。このふもとに80軒の小さな村があり小学校があった。

【ガンジスの源流から登ること300メートル。】

【ナウリコットのむら】

夜空の星の数は素晴らしかった。空いっぱいにちりばめられています。夜の9時ごろ屋上から皆で星空を仰いだ。オリオンが、シリウスが、とてもあかるい。周りの星達の多いこと。こんなに沢山の星があったのかとビックリする。冬の大三角形がすぐ認識できる。シリウスの下に光輝く星の集まり、あれが大犬座なのだろうか。次の日の朝4時ごろに目が覚めてまた懐中電灯を頼りに一人屋上に上がった。今度は夏の星座白鳥です。天の川が凄い。今日は水がたくさんあるようだ。牽牛と織女がまさに川を渡らんとしているようだ。こんなに沢山の星で作られる天の川も初めてだ。この自然を何とかPollusionからまもりたいものです。

■■■
【ダウラギリと仲間たち】

今日は一日ホテルからダウラギリの中腹まで、皆で登る。3000メートルのあたりでヤクが草を食んでいる。ヤクは3000メートルの高さが快適に過ごせる場所だという、おもしろいですね。村の人が朝ヤクを連れてダウラギリの登り口(約2800メートル)に連れてくる。そしてヤクを放すと彼等は3000メートルまで登って行って草を食べるという。そして夕方になると又村まで降りてくるので村人に迎えられて彼らの家にいく。村の家は家畜と人間がともにくらしている。家の半分は家畜の部屋になっている。ダウラギリからの水が導水路をとうして村に流れている。途中水車小屋があり蕎麦をひいていた。村人が一人のんびりと小屋の前で蕎麦が挽けるのをまっていた。

【蕎麦の碾き臼のある水車小屋】

ここに簡単な発電機を数個並べれば発電ができるのでは。そしたらせめて数百Wattの電球をつければ子供達も夜勉強できるのでは。またLEDランプにすれば数ワットでいけるから80軒の光はすぐとれるのでは。本格的に考えてみる必要があるようだ。早稲田大学の大学院生の下田くんにこのプロジェクトを投げてみた研究の結果がたのしみだ。

ダウラギリからは数条の滝が流れている。これこそマイクロ水力発電を行えばこの小さな村とこの小学校に電気が引ける。そしてネットがつながれば子供たちの勉強に役立つが。この思いをカトマンヅに帰ってから日本の藤原公使との夕食で何とかしたいという思いが一層つのってきた。Nepalがスイスの様な観光国家として成り立たせるにはこの自然を早く守り、環境を保全する必要があります。ネパールの政治家が早くこれに気づいて国を守ってほしいものです。

■■■
カトマンズに帰ってから伊藤先生と友人アミラさんの農園を見学に行った。カトマンズの町から3時間のバスの旅急峻な山と谷の間のバスの旅は、ただただ緊張の連続で農園についたときはほとほと疲れきってしまった。この国の農家は大変なところで頑張っているのです。

【伊藤先生と友人アミラさんの農園】

それでもカトマンズという大都市を控えて農産物の需要は相当あるようです。その農園はありがたいことに水が豊富で、農作物は順調に獲れているようです。農園の下の方に、かつて日本政府の援助で作られた発電所があるこれが、カトマンズへ電力を供給している、ほぼ唯一の発電所だという。いつも停電しているからあと2,3個所このような発電所を作らないとカトマンズの停電は解消されないようです。まずは国の政治がしっかりしないと、国民の生活は改善されないでしょう。どの国も同じような悩みがあるものです、信念を持って、将来のために,しかりした政策を打ち出せるリーダーが出てきてほしいものです、さて鳩山さんはいかに。そしてまたObamaの信念はいかに。見守っていきたいが、ぜひとも将来を見越した施策がほしいものです。

楽しくもあり、苦しくもあった旅を終り、ネパールの人のために何かできないだろうかという思いでカトマンズから帰国の途についた。

【ナウリコットの幼稚園】

■■■
伊藤 ゆき さんのこと。
今回のHimalaya行きは同級生の小林禧夫君(埼玉大学教授)とヒマラヤに行きたいねと数年前に話して、そして同じく埼玉大学で国際交流センターの特任教授の伊藤ゆきさんを紹介されて愈々ネパール行きが決まったものでした。伊藤さんはネパールの日本大使館で数年仕事をしていた方で、ネパール語を流暢にはなされます。文京学院大学で国際協力フィールドワークを教えていらっしゃいます。そして学生たちを連れてネパールの現地の人たちのところでホームステイさせています。暖房のない、トイレもない家で村人たちと生活する・・・。こんな経験ができる学生は幸せですね。たまたま我々の最後の日に、その学生たちに会いました。とても喜んでいて、大変なことがあったなどとは一つもこぼさなかった。こんな経験をした学生は社会に出て活躍できるものとおもう。学生がほしかったら伊藤先生に連絡してください。

ハイテクの社会でいきていてSilicon ValleyがEntreprenurのメッカでTie Conが若者の眼を開かせるチャンスだなどと考えて行動している自分に、一つのアンチテーゼをあたえてくれた。ネパールのなかで限られたリソースで生きている人たちの生活を、身をもって経験することが大変かけがえのないことのように思う。短い間で伊藤先生の話を聞いて彼女の活動を網羅するのは難しいが、何せネパールの事を一生懸命に考えて手をさしのべ活動しています。我々がナウリコットのむらの学校を訪ねたのも、先生がNPOの援助で村の女性の大学教育を援助してこの村の先生になってもらった、その女性を鼓舞するのも目的のひとつでした。彼女は幼稚園の園児たちを担当して、楽しそうに授業をしていました。伊藤さんとの再会でうれしそうでした。

伊藤先生はNPO日本ネパール女性教育協会(JNFEA)の理事で、また(社)日本ネパール協会(JNS)の副会長(www.nichine.or.jp)もされています。まるでネパールの母みたいなかたです。今回のガイドのピータバルも伊藤先生を慕い、流暢な日本語で、我々の女性群が絶大な好意をよせていました。ピータバルの生い立ち、その後の彼の努力は又ネパールのすばらしい、Entrepreneurでした。もう一度ネパールを訪ねたい、この次はEverestのふもとまで行ってみたい。

+++++
数週間前に伊藤先生からメールがきた。本人に許可なしてここに掲載したい。
From: Yuki ITO Sent: Friday, April 02, 2010 12:30 PM
To: ‘tsuyoshi taira’
Subject: 平強ブログ

平 様

平様のブログを、「お気に入り」に入れました。
息子たちが父親を乗り越える年齢になって、夫は、少し壁を低くしてやりながら、
「何の仕事をしても、食ってゆければ良い。ただし、虚業はするな。」と言ったようです。
私は、東京外大ヒンディー語科4年だった息子に、「カルカッタで半年、港湾労働者
をしてこい。ただし、インド人労働者の仕事は奪うな。世界のどこに住んでも良いが、
日本で役に立たない人間は、外国へ行ったら、お邪魔になるだけ。」と、運送業をして
いた友人に預けました。優秀でない子どもには、体で憶えさせることも大事。
********************************
伊藤ゆき

+++++

伊藤さんは2人の娘さんと2人の息子さんと一人のご主人の面倒を見ながらネパールのために頑張っています。さすがにお母さん、子供を崖からつきおとしています。きっとすばらしい青年に育つでしょうね。私もハイテク至上主義を少し修正して、私がやっている集まりを少し修正しようかと思っています。いまさら Home Stayは無理なのでガンジス川で沐浴ぐらいが良いかなあ。あるいは又、あのムクチナートで、皆で108の聖水で煩悩を洗いに行くかなあ。

友よ、覚悟を決めておいてくれ。

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén