シリコンバレーのエンジェル投資ブログ

金融危機の後で

金融危機の後で、 February 8,2011
2010 年6月にスペインのマドリードの国際保健会議(IIS)で日本生命の会長
宇野 郁夫 さんがキーノト スピーカーを務めた。宇野さんは今回の金融危機がウオールストリートが自分だけが儲かればいいということから来ているのだということで警告を発したのでした。
その時の様子を牛尾治朗さんとの対談で(致知と言う雑誌で)語っておられた。徳が備われなくなって結果だとはなされた。
その中で、1776 年にアダムスミスが国富論を書く前に、“道徳感情論”の中で、経済の本来は社会倫理、道徳が確立されて初めて機能すると言った。さらにケインズも経済学はもともと“モラル”を前提として成り立つ学問として出発点としている“。 さすがに素晴らしい警告をしたものです。
話を聞いていた経済界の人たちはシーンとして聞き入ったあまりにも静かに聞いていたのでさては皆興味がないのかと思って話が終わって宇野さんが壇上から降りかけた時に全員が立ち上がっていわゆるスタンデングオベイッション だったのだそうです。
日本にはこのような素晴らしい人たちが沢山いられるのですね。宇野さんは今度会長職を降りましたが話の中に日本生命のDNA は引き継がれると言っていました。

明治の大勲、渋沢栄一は日本の多くの会社を立ち上げたひとでした、500社程の会社の立ち上げに加担して自分はこれから一切財をなさなかった、国民の為にはたらいたのです。
そして“論語とそろばん”などを著し経済と徳の合一を説いたのでした。そして曰く“富をなす根源は何かといえば、仁義、道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができない。”と言っています。
明治維新のころにはこのように国の為に尽くした人たちが沢山でたのですね。勿論江戸から明治への無血革命で若者たちが国の為に立ち上がったこと然りですが。
渋沢栄一の教え、さらには数々の道徳家が日本の若者を教育してその人たちが第二次大戦の後も、頑張って今日の日本の基礎を作っていかれたのです。

この教えを絶やさなければ日本のこれからの発展も問題ないでしょう。
アメリカのシカゴ大学の教授が Falt line という本で今回の金融危機からの立ち上がりをどうするかということを書いています。ウオールストリート の社長の給料が普通のサレリーマンの千倍もするのは異常だと発言しています。このあたりに問題の一環をかいまみることができるように思います。

現代はインターネットが発達しすぎて情報の氾濫と発信の洪水にながされています。コミュニケイッションがない。宇野さん,牛尾さんはこれからはこの為の危機が訪れると心配しています。
いわゆるかってとなり組がなかよくしてお互いに助け合った社会と、戦後教育の弊害で個人中心になりすぎて、道徳が失われてしまっている。
宇野さんはそんな危険性があるのを見て新渡戸稲造は武士道を書いたのではないだろうかといわれていた。

宇野さんはITの社会を非常に心配されている、情報を発信したらそれでおしまいになっている。
そこには情報の発信以上のコミュニケイッションがない。言葉を知らなさすぎる若者が多すぎる。
学問の本来は哲学である。昔はデカルト、カント、ショウペンハウエル(デカンショ)を読まないと議論に入らなかったものらしい。
日本は第二次大戦以降アメリカの物質文明が入ってきて、哲学がおろそかにされた。
ドラガーは経済は根底に哲学があるのだという。

宇野さんはイギリス留学中にイギリス人から“日本はどうしてあの大革命を 一滴の血も流さずに行えたのかと聞かれた、宇野さんは日本にも革命があったのかそれは何だろうと思った、そしてそれが例の明治維新だったときずいた。

又伊藤博文が清朝に行った時彼の漢籍についての知識に清朝の高官が大変ビックリしてこれは大変な人物だ、将来は大物になると言ったと言う。
坂本龍馬、西郷隆盛、伊藤博文、などこれらの下級武士が寺小屋で一生懸命に勉強した成果あるいは吉田松陰のように若者を狂わすような激を飛ばすことのできた指導者がいたからこそ、だろうと。むしろ彼等はグローバリズムでなく良いいみでむしろローカリズムの文化の持ち主たちであったという。これが逆に国際競争力を持たせたのではと。
そのようにしっかりとした文化をもつことが逆に国際競争力につながってのだという。要は自分の考えをしっかり持ってぶれないで行けたからだと。

食住が満たれた後は自己実現の精神的な豊かさを求めるようになるんですね。ですから企業はリーダーが精神性を高めていくとともに 最終的には顧客が求める精神的な豊かさに応えていかなければなりません。(まるで Apple の iPad の開発みたいなものですかね。)
経済と徳、今回の金融危機から反省させられことですね。
又押しても引かれても動かない自分の文化(ローカリズム)を持ったリーダーを嘱望したいですね。 武士道を持って世界に伍していきたいものです。

明けましておめでとうございます、  2011年1月

感性は力

2件のコメント

  1. Dai Takano

    平さん、ご無沙汰しております。

    私はそもそもビジネス活動と武士道を同次元で考えるべきなのかと言う所に疑問を感じる所があります。私見ですが、武士道とは突き詰めれば生死観。逆に起業をすれば、十中八九失敗するのは当たり前。然し、起業家が借金を背負い、返済の為に保険金自殺してしまうと言うのは、将来再起の可能性のある若い芽を摘んでしまう事に繋がると感じるのです。起業家が周囲に倒産で迷惑を掛けた事に責任を感じ、自分の失敗を死を以って償おうとする根底に武士道精神があるとすれば、それはビジネスと武士道精を誤って繋げて考えてしまった結果の様に感じます。
     
    そしてまた、無私無欲でビジネスが成り立つ物なのかと言う課題。私は大きなリスクを背負った起業家が大金を得るのは正しい事であると思うのです。それが米国流に数百億という単位になると言うのは度が過ぎているとは思いますが、数億円起業家が儲ける事に、一切の道徳的背信行為は無い様に感じるのです。

    平さんのお立場の人ですと、本当に様々な起業家と接して来られたでしょうから、私が言う間でも無いでしょうが、私の考えを残しておきたいと言う事と、何時か、この議題に関してお話をする事が出来ればと思い、一筆したためた次第です。

    高野 大

  2. tsuyoshi taira

    高野さんメッセイジありがとう。いつか議論しましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


Powered by WordPress & Theme by Anders Norén