企業家倶楽部へ記事を提供しました。
企業家倶楽部12月号より転記の許可を得ましたので掲載いたします。

「見えるモノ」を作る

ベンチャーを起業するときに最も苦労するのが資金集めだ。企業家は、これまでにないユニークなアイデアを持って投資家に資金提供をお願いするわけだが、これらのアイデアが投資家にすぐに理解され、投資を受けることができるとは限らない。

インターネット分野では、技術革新は日進月歩であることは誰も異論のないところだろう。PCの世界で起こったブロードバンド化は、モバイル分野では、さらに進化のスピードが速く、技術的にひとつ飛び越えることもある。このようにリープ・フロッグ(蛙跳び)な技術がどんどん開発されるが、ユニークであればあるほど、また飛躍していればいるほど理解されにくいのが現実だ。

そこで、これらのアイデアが投資家にある程度理解してもらえるようにソフトウェアの開発や、あるいはモックアップ(実物大模型)を作り、アイデアを「見えるモノ」にする必要がある。まずは、知人から最小限の資金を集め、「見えるモノ」を作る。このために少ないところで1000万円から1億円位が必要になる。

ベンチャーキャピタルから資金調達

シリコンバレーの企業家は、まず仲間内からこのようなシードマネー(創業資金)を集めて「見えるモノ」を作成し、その後、ベンチャーキャピタル(VC)に資金を仰ぎに行く。このVCの出資を初めて受ける段階をシリーズAと呼ぶ。そのプロジェクトの規模によって資金調達はシリーズB、C、Dと進む。開発や販売の遅れが生じ資金が枯渇した場合は、シリーズE、Fまで行くケースもある。トータルの資金調達額は、小さいものでも数億円から大きいものでは数百億円にもなる。

最初のシードマネーを出資してくれた個人をエンジェルと呼び、出資形態としては、シリーズAの株価が決まってから株に変換するコンバーチブル・ローン(転換ローン)にするのが一般的だ。転換価格は、シリーズAと同等か若干有利な条件が付与される。

会社の評価が決まってから株価は決まるので、シリーズAに出資するVCが会社のバリュー、すなわち企業価値(時価総額)を決める。ここで重要なのは、プロジェクトの難易度によってシリーズAの資金調達額が決められることだ。株式上場時の時価総額が予め想定されていて、それまでに何回資金調達が必要か、ゴールが設定されている。

タームシート作成

ベンチャーキャピタリストが正式な投資契約の前に投資条件の概要をまとめ、関係当事者が合意しやすいように資料としてタームシートを作成する。その後、他のVCにも呼びかけ、この条件で合意するところから投資を仰ぐ。タームシートには次のような項目が記載される。

1 今回の資金調達額
2 株価
3 優先株の発行総数
4 時価総額
5 配当
6 Liquidation(会社を閉めるときの投資家への資産の分配方法)
7 株式の変換(優先株を普通株に変換、IPO時)
8 持ち株比率の確保のための条件
9 表決権
10 株の登録権利
11 財務情報入手の権利
12 取締役の人数

一般的には上記の内容が記載されており、米国証券取引委員会(SEC)で要求される項目を網羅している。

このタームシートを持ってVC回りをして投資を募り、正式に投資契約書へのサインと進む。
正式な投資契約書には、

 1 株式購入契約書(この中に会社の概況優先株の総数、会社の法令尊守の表明)
2 投資家の権利に関する契約書(株の登録、財務資料の入手に関する件)
3 株主の契約書(株主の権利に関する条項)
4 表決に関する契約書(株主の表決権に関する契約)
5 会社の定款(優先株発行のたびに州政府への変更を報告するために株主にも修正の定款が報告される)

以上の5点が盛り込まれており、この書類にサインをもらい投資を受けることになる。

なお、SECではヘッジファンドに投資できる人の資格を規定している。とくに総資産がある程度以上(約1億円)、あるいは年間の総収入がある額以上(過去2年間で年間所得2000万円以上)であることと規定がある。これは投資家保護のためである。資産のない人が投資して、万が一その会社が倒産し、無一文になって路頭に迷わないようにという考慮から来ている。株式投資というのが本来リスクのあるものであり、会社が倒産した場合は投資家がその投資分を全て失うリスクがあることを理解していなければならない。株式投資はリスクがあることをSECがはっきりと警告している。

日本では以前、会社が倒産したら投資した金を保証するような条件で投資がなされていたのと大きな差がある。日本の投資が、銀行融資の延長みたいにしてなされていたことから来ているのだろう。

米国では、株式投資はあくまでもリスクマネーであり投資家は会社がつぶれても文句一つ言わない。「また、次のチャンスに頑張って」と声を掛けるのがシリコンバレー流だ。

シリコンバレーのVCがこのようなリスクマネーを投入し、新しい技術を開発し、新しい産業を創出する企業を育ててきた。

取締役会に参加

投資先のベンチャー企業へは取締役として経営に携わる。定期的に開かれる取締役会には、社長と顧問弁護士、外部取締役、このメンバーに私が加わる。3名の外部取締役はベンチャーキャピタリストだ。各投資家の思惑が入り、この会社の危機に対してホットな議論が行われる。弁護士は一番重要な役割を果たす。各動議が法的に問題ないか、各ラウンドの株主の権利が尊重されているか、SECのルールに合致しているかなど、絶えず各案件について細かくアドバイスを行う。

ベンチャー企業は資金繰りが命綱である。会社の存続のため最良の策を議論する。ベンチャーの成功率は大変低いものだ。これまで、何社もこのような会議に加わってきた。チャレンジもいいのが、企業を継続させることの難しさをつくづく味わってきた。

株価の決定

ベンチャーキャピタルからの第1回目の資金はどのように投入されるのか。企業家がプレゼンしたプロジェクトに興味を持ったVCが会社の時価総額を3億円と決める。次に発行株数の総数を従業員分も含めて10億株とする。株数は5億から10億株にするのが一般的で、日本のように極端に少なくない。これは1株の値段をある程度下げ、株式上場時に一般の投資家が株を入手しやすいようにしていることもある。そこで、1株の価格が0.3ドルと決まる。(1ドルを100円として計算)

シリーズAのラウンドで、1億円を集めようとすると約3億3330万株が必要になる。出資を受けると発行株式数はこの時点で13億3330万株になり、シリーズAで出資をしたVCの株式シェアは25%となるわけだ。

最初の10億株のうち、約15%から20%を従業員のストックオプションとして配分する。ストックオプションは、役員や社員のヤル気を引き出すインセンティブとして、一定期間中に株式に換える権利が与えられる。資金の少ないベンチャー企業では人件費を節約するためによく使われる手法だ。残りの8億株を創業者や経営陣で分けることになる。

早速、集めた1億円でプロトタイプ(試作モデル)の制作に取り掛かるが、すぐに資金は底をついてしまう。なんとか製品が完成しても、次に生産ラインに移すため、あるいはマーケティング費用のために資金が必要になる。そこで、経営陣は2回目の資金調達を考える。これをシリーズBと呼ぶ。

本格的な資金調達

シリーズAで集めた1億円で、ある程度の「見えるモノ」が完成したところで本格的な資金集めを始める。

VCが商品開発を終了させるのに4億円必要だと算出し、この金額を集めるのだ。企業価値を13億3330万円とすると、ちょうど1株100円となるので、4億円を1株100円で募集する。シリーズBの段階で、会社の発行株式総数は17億3330万株となる。VCなどの外部の持ち株比率は25%から42%に上がった。

商品開発を終了し、製造段階やマーケティングに移行する際にはさらに資金が必要になる。そこで、シリーズCも同様の手続きを経て、1株200円で10億円集めた。その後いよいよ大量生産に移る際には、1株300円で20億円の資金を集めることになった。シリーズDの段階では、外部の人たちの株式シェアが65%となり、創立者と従業員のシェアが35%と下がった。

もしここで、株式上場(IPO)を達成し、株価が2000円付いた場合、時価総額は580億円となり、創業者と従業員の取り分が200億円となる。持ち株比率は下がるが、創業者をはじめ従業員も十分な報酬となるわけだ。

この会社の場合はシリーズDまでに35億円の資金調達を行った。この間の資金集めは最初にリードしたVCが最後までこの会社を支える。ベンチャーキャピタリストは、単に金を出して後は放っておくと言うことはしない。投資先企業1社平均で5億から10億円を投資する覚悟で支えるのだ。

このように会社が軌道に乗るまでの面倒を見るのがペンチャーキャピタルの役目なのだ。リスクも大きいが、運が良ければ10倍前後のリターンが取れる。日本のVCもこのように力をつけて欲しい。

経営陣のシェアより企業価値を優先せよ

事業は必ず成功するとは限らない。シリーズDで資金調達したが、その後市況が悪くなり商品が売れなくなるケースがよくある。会社は売り上げが挙がらないし、いよいよ従業員を減らし、賃金カットを行う。ついには事業を縮小せざるを得なくなる。さらにVCも追加資金を出さないといった状況に陥る。

企業家が一番苦労するのが、企業価値を極端に下げて資金調達を行うダウンランドのときだ。米国ベンチャーの取締役は外部の人が大半だ。普通は会社側からは社長が一人だけ取締役として入る。もう一人技術担当取締役(CTO)が入ることもあるが、取締役は各ランドの投資家が主になっている。
最後まで会社を存続させるために取締役会で喧々諤々の議論が行われる。

この場で、それぞれの立場で会社の将来に対する判断を下す。この先成功はないと判断すれば追加出資に応じないし、取締役を降りるなどして関係を絶つ。あるいは何とか将来成功すると判断すれば、増資を全部引き受けて大株主になることも可能だ。

1株の株価を10円まで落とし、5億円を調達した場合、シリーズEで5億円を投資したVCが63%の大株主となる。経営陣のシェアは10%台と極端に低くなるが、会社の存続のために受け入れざるを得ない。

しかし、シリコンバレーではこう考える。例え従業員と創業者の持ち株が15%に下がったとしても、その後順調に成長し時価総額が1000億円で株式上場すれば、従業員は150億円の取り分となる。アイデアと汗水流した努力の結果として、150億円の価値がつけば苦労は報われる。

資金調達の過程では、企業価値を上げることが重要で、いつまでも経営陣のシェアに固執してはいけない。往々にして日本の経営者は自分の持分の減ることだけに目が向いていて、大きな利益を見ないままに会社がおかしくなっていくケースがあるようだ。小を捨てて大に付くべきだと私は思う。

日本の資金調達も今後変わっていって欲しい。