15/08/29 土曜日8:22:15

日本の若者を活性化するには一度シリコンバレーに来てみてその雰囲気。特に起業家精神みたいなものを身を以て感じて欲しいと思い、大学生の活性化の活動を主体に活動していた。しかし大学生だともうすぐ就職が待っているので余裕がなく起業家精神の吸収などは無縁になってしまっている。やっぱりもっと若いうちにその雰囲気を受けとめないと普段の生活にもどってしまうらしい。

できれば中学生の頃にシリコンバレーの雰囲気を味わって将来を考えて欲しいとおもう。幸いにこれに気付いた起業家がいました。Aoki Holdings の青木擴憲 会長です。 数年前から青木さんの故郷長野県の中学生達を10名ほど選考してヨロッパ とアメリカに 各一週間の研修旅行をサポートしています。一昨年から青木さんのこのプロジェクト のお手伝いをしました。ことしもシリコンバレーの起業家精神身が身にしみるような企画を考えてくださいとの依頼を受けて訪問さきをかんがえました。さらには子供達がどんなところを見たいかということを企画の方がまとめておられたので、それも計画の中にとりいれました。シリコンバレーの短い二日間のスケジュウルを一緒にあるきました。13歳−16歳の可愛い子供達でしいた。

Stanford大学 見学と Professor Dasher 先生の講義受講。Dasher 先生が シリコンバレーではどのように新しい会社が起こされていくのかそしてどのようにしてお金を集めていくのかなどの話をしていただきました、そしてもしスタンホード大学に入りたかったらどのような活動を普段からしていかなければいけないかをいろいろをおしえてもらいました。 またスタンホード 大学に在学中の日本人学生のかた数名に来ていただいて学内の案内と さらに懇談をお願いしてその方達の話も聞かせてもらいました。特にスタンホードに在学ちゅうの学生の話は興味ぶかかったようです。



講義中の Dasher 先生。


松井 ナーサリー の訪問

スタンホード大学の見学を終えていそぎで サリナスまでバスで むかいました。松井さんの ナーサリーと一大農業地帯を見るためのほうもんです。松井ナーサリーでは アンデイ 松井さんのこれまでの詳しい起業家としての苦労また成功までの詳しい話をききました。 1961 年にポケットに2万円だけ入れてカリホルニヤに移民として渡りました。 幾多の苦労の末にランの増産に成功します。特に印象ぶかかったのは事業を成功させるためにすごく精細な計画を練ってこられたことです。カーネイッション、および、菊の花の栽培から得た世界からの競争を精細に検討してそれに対する対策を十分練ります。そのために一番の競争相手であった南米の国々に数え切れないぐらい訪問してどのようにしてこの競争に勝って事業を継続していくかを検討します。そして蘭のビジネスの綿密な計画ができあがります。ですからその計画たるや失敗という不安が全然ない完璧なものだったそうです子供達からの質問があり失敗の不安はなかったのですか。 それは全然ありませんでしたというこたえでした。

一瞬この話を聞き、これはずごいとおもいました。日本では失敗は恥だとして人々は チャレンジしません、またシリコンバレイでは失敗は起業家の勲章だと言って何回も失敗して成功した話がもてはやらしています。しかし松井さんはさすがに日本男児失敗は絶対にない。と用意周到に計画したのです。今日本の起業家には失敗を恐れずがんばりなさいとシリコンバレイの人たちは言う、松井さんのこの話を聞いて私はこれから日本の起業家にたいして、絶対失敗するなだから綿密な計画を立って事業をしないさい、そうすれば絶対に成功するのです。もしも不安があるならもう一度計画を一から練り直しなさいそしてその計画を胸に抱いてチャレンジしなさいと言ってあるきます。松井さんいい話ありがとうございます。 

エンジェル投資家として考えを変えなければいけない時期がきたようです。 それともそろそろ足を洗う時期かなあ!子供達ももう身動も出来ないように真剣にきいていました。かれらは この訪問が将来にわたって心の底に残っていればきっと何かを実現することのできる子供たちになって行くこととおもいます。今回のほうもんは 松井さんの話が、万金に値する話だったとおいます。青木さんこの企画ありがとう、きっと長野から総理大臣がでますよ。

そして今世界一の蘭の栽培者としてアメリカ中に蘭の花を出荷しています。何万エーカーに及ぶ広い温室には百万株近くの蘭の苗が 集荷順をまっています出荷の前に花を咲かせるように温室内の温度湿度を正確にコントロールされているとのこと そしてそれはアメリカ中のスーパーマーケットに出荷されています。貧しい絵描きが百万本のバラをおくったのですが。ついに彼女のハートはいとめられませんでした。しかしもし蘭のはならどうですかと山根さんに聞いたらついに返事が聞けなかった。松井さんのところなら百万本の受注Okay だそうです。起業で成功したらぜひどなたかためしてください。温室を見せてもらってから松井さんの 2万円をポケットに入れて移民してきた当時からの苦労話をききました。みなさん、その生きざまをただただ感激して聞いて声も出ない感じでした。ものすごい努力を絶えず継続した人生をいきてこられたようです。子供達も感激していました。

松井さんは、さらには 地元の高校生に何年にもわって大学教育のための奨学金をだし続けて地元えの感謝をあらわしています。

松井さんは自分の成功はこのサリナの地があったからこそ成功できたのだと感謝して自分の所で働いていう現地の貧しい子供たちに奨学金を出してお礼をしたいとして毎年地元の高校生 数十名に奨学金をおくりつづけていました。然し勉強しなくて卒業できない子がたくさん出たのでもっといい方法なないかと大学側と相談して新しく。コンピュウータサイエンス の学位を3年間で取れるようなプログラムを作り今年から実施しました。これは Hartnell Community College と Cal State Monterey Bay 校と共同で3年で 学位が取れるような奨学金を新たに作ったそうです。3年間なので土曜日も授業をするそうです。松井さんは 子供達が学位をとってシリコンバレイで 技術のいい仕事をして、お父さんお母さんをイチゴ 採りのような重労働から解放してあげなさいとの親心のようです。

いちご採りの仕事は腰かがめてするので何時間にわったて作業をするのは大変な重労働です。ですら このしごとを“la fruta del diablo” 悪魔の実としょうされています。きしくも この奨学金をもらった 地元の mateo sixtos 君はもし自分が一生懸命に勉強しなかったら自分も親たちのようにこの重労働をしなければいけないのだと自覚していると言っています。そしてまた 松井 さんの子供達もたちもまた Harverd university にいけなかったら 親たちのような重労働をしなければいけないのだとの自覚から子どたち4名とも皆Harverd University を優秀な成績で卒業します。次女のKathy さんは 日本の goldman sacks で大活躍です。 そしてさらに彼女はバングラデッシュに 女性の大学を作るので活躍しています。そして今はこの大学の 総長になっています。今回奨学金をもらった 学生たちも、すごく勉強しているようです。

子供たちには親の背中を見せるのが一番の教育のようですね。

松井さんは おせわになったサリナスの社会に恩返しとしてこのよう奨学金をだしています。日系人としてすばらし方ですね。



松井さんを囲んで中学生のみなさん蘭を見つめる松井さんの素敵な笑顔ですね。


サリナスの大農場をたずねる。

サリナス一のレタス農家 種村さんの農場をたずねる。
種村さん一世は今年100歳だそうです。三世の種村さんがいろいろ説明してくださった。



種村さんの広大な野菜畑




冷蔵庫付きの大型トラック、3−4日かけて East Coast まで運びます。また野菜を特殊な梱包するためEast Coast まで新鮮なままで運べるのだそうです。エデンの東 の映画でジェムスデーン の父親が貨物列車に大量のレタスを氷とともに運んだのですが。途中列車が数日止まったので野菜が腐ってしまい、大損をします。

今はこの大型トラックと梱包などの技術でEast Coast の人たちも新鮮なオオガニックの野菜(レタス)を食べることができています。


日系人2世の歴史館訪問



日系人の方々の戦争中の苦労を後世に残すために日系二世歴史博物館がサンノゼに建てられました。

強制収容所で苦労された山一さんご夫妻のお話は本当に涙なしでは聞けませんでした。確かご夫妻は90歳近くだときいています。この博物館には強制収容での生活の様子また収容所の中の持ち物などが展示されています。本当に行李一つだけが全ての持ち物であった部屋の様子などが展示されています。また収容所に入れられたノーマン 峯田さんの写真、また442 部隊で活躍され片腕を亡くされたダニエル 井上上院議員などの写真など苦労した日系人の方々の方の写真を飾っています。戦争が終わって峯田さんはその後 ブッシュ政権の運輸大臣となり例のNine Eleven の時に見事な采配を振るったのを記憶にあたらしいところです。また ダニエル 井上上院議員は第二の故郷のために政治の世界で大活躍されました。我々日系人として誇り高く思います。

峯田さんにはわたくしが関係している Keizai Silicon Valley の新年会で Life Time Achievement という賞を贈らせていただいて300名ほどの参加者に話をしていただきました。とても親切は方で参加者が挨拶にくると時間を忘れて最後まで皆さんの話を聞いていただけました。シリコンバレイのアントレプレナーが大変かんげきしていました。


Face book 訪問



アイスックリームをご馳走になって子供達大喜び、とたんに顔がほころんできました。FACE BOOK の雰囲気従業員の嬉しそうに仕事している見る限りこの会社はまだまだ伸びるのだろうという空気がながれています。会社では自分のアイデアを発表して賛同者を募って開発をスタートするのだそうです。そんな中から例の“イイネ”がててきたのだそうです。この会社まだまだ何か出てきそうです。


Silicon Valley の起業家の話を聞く



数々のスタートアップを成功させたシリアルアントレプレナー Sanba さんの話をきく。彼はイノベーッションがどのようにしておこるかを説明してくれました。それは世界の困っている問題をじっくりと見てその中の 時間、テンポそしてリズムを十分にしらべあげ。そしてその解決方法を問題のリズムにあわせます。そうすれば解決します。 ようは作曲をするみたいな感覚だという。ベートベンみたいなものですね。これはちょっと難しいですね。彼はFull Duplex Ethernet の提唱者なのでなるほどリズムがぴったりですね。問題解決には全知全能を動員しないといけないですね。子供達のあらゆる経験がこれから社会に出てきっと役に立つのでしょう。

今彼が開発しているデータセキュリティの会社は大変注目される領域です。市場に出たらきっと大きな反響がでるとおもいます。私も微力ながらお手伝いをしています。ご期待くください。サンバさんの講演の後生徒が一人ずつ質問をすることになりました。皆さんなかなか。するどい質問をしていました。さすがに選ばれた生徒たちでした。




送別会 我が家でサンバさんとともに。私の話が長くなって皆さん随分遅くのデナーになってしましいました。
ごめんなさいね。
これからもがんばってください。