13/05/10 金曜日10:00:56

初めてVietnam を訪問した。
Hochiminh 市でソフトウェヤ を開発している会社をたずねた。

フランス領であった町は昔の面影を残し意外ときれいな街だった。大きな交差点はロータリー式で信号がない。三方,四方から来る車は見事にお互いの流れをみださないようにうまく流れていく。秩序を乱さないようにスムーズ に流れている多くのバイクが見事な流れとなっていく。台湾で見た、北京で見たあの流れとは一寸違っているみたいです。国民性なのか。ところが交差点で信号がないところがあるまず横断することは不可能だったせまい道で横断しようとするとバイクはまず止まらない、わたるのは必死であった、結局街の人がわたる後についていったユックリと歩いてバイクが避けるのを見て長い間かけてやっと5メートル程の道を横切ることができた、急いではいけないバイクの人におれは今わたっているのだと理解させるようにユックリ歩くこれもリヅム、流れをうまくつかまないといけないようです。ここでの生活活動はこのようなタイミングでしないといけないのだろう。


車もバイクも流れを乱さないように同じリズムで流れていく。




街の市場は賑わっていた。大体どの国の市場は同じようにごちゃごちゃしているしお客の値切りと真剣に対応している。ベトナムは コーヒーが美味しかったので粉とコヒーを濾すためのカップをかう。

市場は賑わいをみせていた。経済は順調のようだ。

街はフランス領の頃の名残でヨーロッパ風の建物が多い。

フランスのオペラハウス に似せたサイゴンのオペラハウス、
街の中心は素敵だ。



2007年06月23日 11:55 発信地:ワシントンD.C./米国
2007年【6月23日 AFP】ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領とグエン・ミン・チェット(Nguyen Minh Triet)ベトナム大統領の会談が22日、ホワイトハウスで行われた。1975年のベトナム戦争終結以降初のベトナム大統領による訪米となったが、全米各地でベトナム国内の人権問題に対する抗議活動が起こり、会談の中でもブッシュ大統領もこの問題に言及した。

ベトナムの歴史は18世紀にフランスの植民地になって以来数々の戦争にまきこまれた。1940年に日本軍が進駐した。日本軍の進駐は逆にベトナムを独立させるきっかけとなった。日本軍を 救国の神兵 として歓迎したと言う。だから親日なのかも知れない、東南アジアの国々は大なり小なり日本の侵攻により彼らの独立を促進した事は否めない。日本の敗戦と共にベトナム革命がおこりホー、チ、ミン 引きるところの共産国家が宣言された。これからが18年に及ぶ戦争の渦の中にまきこまれるのです。フランスとの戦いや さらにアメリカはフランスを支援するために、アイゼンハワー大統領の頃ベトナムへの援助が増やされた。1946年、ケネデー大統領になってさらに援助が増やされていく。そしてJohnson 大統領になっていよいよ、米軍の投入となっていきます。ソ連とアメリカの冷戦が進行するにつけ戦争ははげしくなっていきます。アメリカは共産主義のドミノ現象を食い止めるべくますます兵力を増強していきます。北ベトナムは中国、ソ連から援助をうけます。南ベトナムがアメリカからの援助で代理戦争の様相を呈していた。このベトナム戦争において米軍は 54万人の兵力を投入しそのうち5万8千人が死亡した。一方南北ベトナム人は何と2百万人が死んでいる。この為ベトナムの人口は若い人が大半をしめている。米国との戦争においてはるかに優れたアメリカの近代兵器、ヘリコプターを使った機動力そしてさらには化学攻撃枯葉作戦などの攻撃に耐えて遂にはアメリカをベトナムからおいだしてしまった。ベトナムは 唯一アメリカを撃退した民族だと思う。これもホー,チ、ミンの偉大な人道的な指導力に拠ったものだと思う。ホー,チ、ミンは若くしてフランス、中国、ソ連などにわたり社会主義国家の建設のために努力した。そしてまたアメリカにもわたり英語の習得にも努力している。このような人物ありきで初めからグローバルな考えでベトナム人をリードしたようです。グローバルにものを考えるとは いつの時代でも大事なことなのだ、日本の明治維新も政府の要人が1年以上にかけて世界を見てきたからあの素晴らしい発展ができたのです。ホー、チ、ミン 御爺さんもしかりでした。日本の若者ももっと若いうちに外国を見て回ることが必要ですね。ベトナムの現在の指導者も多分にこのホー,チ、ミン の感化を受けた人達が多いに違いない。

1975年米軍がサイゴンから撤退した。ヘリコプター でサイゴンから脱出する映像は世界各国に放映された、その中に南ベトナムの要人が多数ふくまれていた。最後の副大統領だった、グエン、カオキ 少将もふくまれていた。

2007年6月23日 にベトナム戦争が終わって初めてベトナムの大統領がアメリカを訪問ジョジ、ブシュ 大統領と会談した。そして帰国の前にベトナムからの移民の多いサウス、ロスアンジェリス(little Saigon) でベトナム大統領とベトナムの経済界の人達とアメリカの産業人とのレセプッションが行われた。 友人のロバート、リーがこのレセプッションのアメリカ側のコミテーになっていたので私も参加させてもらった。 ホテルの外ではベトナム人を主体の人権問題に対する抗議デモがあった多分共産党時代の人権無視などに抗議していたのではないかと思われた。レセプッションが始まってベトナムの大統領が入場しメインゲストとの挨拶がかわされた。そして何とかっての敵グエン、バンチュー 少将がいて大統領と握手を交わしているではないか。そしてお互いに親しく歓談を始めたのです。時の流れは過去を流し去って今は同じ民族としての血のつながりでしっかりとつながっているのでしょう。 この時の訪問で確かベトナム政府は 100憶円程の契約が成立したとその後の報道があった。この元首の訪問は経済外交のいいチャンスなのですね。安部総理大臣が今回のロシヤ訪問にも経済界から百名以上の人が参加しているので国家元首の経済外交は確かに効果があるようです。このレセプッションにはIntel のエグゼクテブが参加しておりこれがベトナムにインテルの工場を作るきっかけとなったようです。ベトナムは 戦争中に2百万人が死んだというそのせいで今は20代30代の人が大半です。ベトナム人は勤勉で真面目にはたらいています。 親日であり、又日本人の気質に良く似ています。中国人に対しては警戒心が強いようです。ソフトウエアーの開発がさかんです。 そのうちインドなどのようにソフトウエアーの産業が大きくなるのではないかとおもいます。日本の企業も沢山進出し工場を建てているようです。中国の不安定さ賃金の上昇をみるとベトナムは労働の質、従業員の安定性などを見る限り今後発展が期待できそうです。日本企業が沢山進出してくることでしょう。