12/01/26 木曜日8:54:42
















Hawaii でクリスマスと正月をすごした、息子の家族、娘もパリから来るので家族以外とのアクテビテイの計画はなし、ゴルフも諦めた、孫が二人なので孫たちと遊ぶのが
メインのアクテビイとなったしかし孫たちの昼寝の時間と夜は自分の時間なのでホノルルのBook Off に日本の本をさがしにいった。水滸伝が数冊あった、水滸伝は原本の翻訳ものを昔に読んでいたが北方さんの本なので原本の翻訳よりははるかに面白いに違いないと思って数冊買うことにした。

北方謙三の三国志は凄く面白かった、13巻もあったが面白くて3週間ぐらいでみんな読んだと思う。北方三国志には劉備と関羽、張飛の桃園の義兄弟の契りの項はなくなっている北方さんの解説がこれは不自然だし始めてあってすぐ兄弟の契りとはおかしいとしてこれを省略したそうだ。だから北方さんはこの三国志を全く北方三国志に創作しなおしたのだとおもう。 それだけに原語の翻訳よりもはるかに血沸き肉躍る三国志になったのではないかと思う、有佳チャンに三国志の面白さを話したら何と次の週に13冊買ってきて何と1週間で読み終えたとのこと、凄い集中力というか頭の良さというか、おそれいりました。そしてまた知将の戦略を経営に取り入れたいと言う。また又恐れ入りました。

今度も北方水滸伝を推奨しようかと思っている。
兎に角売れ残りの三冊、第一巻,第二巻と間が抜けて十八巻を買った。三巻から十七巻とさらに十九巻は日本に行って日本のBookOff にでも行って見つけることにしよう。大体各巻である程度話がまとまっているだろうという予測の元に十八巻も手にいれた。
第一巻、第二巻 兎に角面白い、この本には何と数千名の人物が登場してくると言う。
だったら各巻はそれなりに独立しているだろうと思い十八巻も買ったのでした。時々本を買って最後の章を先に読んでから初めに移る癖があり十八巻目を読んだらどうなるだろうかとの楽しみでもあった。第一巻、第二巻 兎に角面白かった
北方さんの古典の解釈は素晴らしい原本で関連の薄い登場人物を見事に連携させている。戦闘場面の描写が見事である、丸でほんとにその場を見てきたようにビビットに展開してくれる。戦いの場の土地の起伏描写は目の前に見ているようだ。中国の数千年前の地形が今そこにあるような気がする。まるで木の一本、一本が映像としてうきあがってくる。

三国志が劉備、曹操、孫権が主な 主人公であるのに比べて水滸伝は登場人物がたくさんいてそしてそのおのおのが凄い個性をもっている。そして上にたつ人の部下の使い方が絶妙に上手い。三国志が大将の活躍であるのに比べて水滸伝は組織の中の大将とその部下のかかわり合いがおもしろい。組織論みたいなとこもろもあって面白い。
部下の使い方或いはリーダーの資質がどんなんものでなければいけないかをよくしめしてくれる。三巻から十八巻に飛んで読んでもちっとも問題なかった十八巻は
梁山泊の戦いが主で今まで出てきた英雄たちが戦いに敗れて散っていく。英雄を生かしておいてほしいと思うが。何時までも超人ではありえないのです。
林冲などは生かしておきた英雄だが、決して窮地に陥らないこの騎馬隊長もついに歩兵の槍の林に囲まれて戦死してしまう。又林冲を打ち取った敵の童貫将軍もそれなりの戦略を発揮している。
18巻では楊志はすでになく、息子の楊令の代になっていた。楊令の活躍ぶりは痛快であった一人の英雄が逝きしかし彼よりも強くなった息子の活躍をもって先代の英雄がまだ生きているような印象を与えてくれる。楊令の強さは北方さんがでっちあげたのかもしれない。林冲を死なせたくなかったからかもしれない。楊令が童貫将軍の部隊長の首をはねて戦況を逆転させようとするがさすがに童貫将軍の手のもの見事に立ち直ってします。これがために戦況は益々硬直して長期戦にはいるのです。

兎に角北方水滸伝はたのしみました。あと17巻 読むのがまちどうしい。
かって北方謙三の 楊家将を読んだ時騎馬隊の 活躍に吾を忘れて読んだことがある。北方の戦闘シーンの描写の凄いことまるで北方さんが馬に乗って縦横無尽に走り回っているような気がする。戦闘シーンはまるで状況判断と戦略を駆使してみごとである。そして数秒のあるいは数分の遅れによって無敵の騎馬隊もやられてしまう。そして楊家の兄弟が一人二人としんでいくのです。
マーケテング でアクッションのとり方を一つ間違えると会社がおかしくなっていくのによく似ています。
北方古典は手に汗を握って面白い。そして又これをビジネスのシュミレイッション
と見たてて読むと又一段とおもしろい。

かって司馬遼太郎の本は大好きで坂の上の雲は大変面白く読んだものでした。そんなわけで久しぶりに“峠”を読んでみることにした。維新の前の情勢その中で藩士として長岡藩を支えた河合継之助の先見性そして戦略。そして今にも継之助のすばらし戦略がすぐにでもいかんなく発揮されそうな話の持って行き方なのですが。ちっともそんな状況にならない。まるで司馬遼太郎さんが新聞の連載ものを書いて原稿料をかせぐために延延と話をながびかせているみたいだった。結局 継之助の武士としての戦略を遺憾なく発揮するのは本のほとんど終わりの章では北越戦争のときです。しかし時すでに官軍の勢いは凄く又十分な火器にはかなうはずもなくはなばなしく全員討ち死にしてしまいます。そして結局は長岡藩の人たちを大勢死なせることになるのです。

しかし継之助の生き方はほんとに長岡藩をどうして救おうかそして自分はどう生きていくかを追求したことでした。そのため山田方谷をわざわざ備中松山の人しれない山奥に尋ね師事するのです。継之助は山田方谷に師事することによって自分の生き方をみつけたのでしょう。そして空しく多くの藩士を道連れに北越戦争をやむを得ず戦ったものとおもう。

昨年一度お会いしたいと思っていた、中條高徳 さんにお会いして語り合った時にまず氏が仰ったのは継之助がわざわざ四国の山の中人里離れら山奥に立すねていったことの意義をおっしゃって、森信三さんが 言われた“人間は一生のうち逢うべき人に必ず逢える、
しかも一瞬遅すぎないときに、、、、“それが継之助と山田方谷の出会いですとおっしゃった。
そんなのでこの分厚い三がんのこの本もこの人生の師に逢う事の重大さをといているのだろうか。司馬遼太郎はそんなふうにして読者を延延と繋ぎとめていったのだろうか。
司馬遼太郎の竜馬が行く の本は 6巻もある。もうこの何かに引きずられるなら読むのは一寸御免こうむって他の著者の 竜馬をよもうかなあ。