11/05/07 土曜日15:54:13



先月、中條高徳さんの講演を聴くチャンスがあった。
中條さんは朝日ビールの危機を救った経営者です。そしてあのAsahi Super Dry の生みの親です。日本敗戦後にマッカーサーの政策によって朝日ビールは会社を分割されてしまいます。朝日ビールとサッポロビールに、そしてキリンビールと3社がほぼマーケットを三分するように分割されました。当然ながら分割された会社はその機能は半分ではなくもっと小さくなってしまいます。これがその後の朝日ビールの苦難となって行きます。そしてついにはマーケットシェアは10%切るまでに悪化していきます。この危機を乗り越えるために打ち出したのが中條さんのビールは“生”が一番おいしいという戦略でした。
開発部隊、マーケティンググループとの意志の疎通、そして各部署とのベクトル合わせが一番大変だったようです。そしてベクトルがあって初めて皆の力が合わされて大きな力となってプロジェクトが前へ進みます。
このベクトル合わせには中條さん一番苦労されたようです。

中條さんのこの時の苦労を聞くにつけ組織の力学がどのように企業を成功に導くか又は反対に押し流されて失敗に終わるかの紙一重のところに有るのを感じさせられました。ここでプロジェクトを成功させるには前向きで、確固たる信念を持ったリーダーの存在が必要となります。中條さんはビールは“生“の信念を少しも疑わず確固とした信念を持ってチームを引っ張り続けてついにキリンビールを追い越し朝日ビールを日本一にしたのです。
現代の企業 競争の通説は 企業はマーケット シェヤ第一と第二位しか存在しえないそして第三位以下の企業は業績がだんだん落ちて何時かは消えていくと言うのが通説でした。半導体業界然り PC 業界然り、ソフトウエアー業界然りです。MITハーバートのケイススタデーがすべてこの結論を得ていました。

朝日ビールの第3位からトップに躍り出たことは前代未聞だし、アメリカの経営経済学者の鼻を明かしたことは言うにおよばずです。

さてそれではどうしてこのように前代未聞の成功をみちびくことができたのでしょう。
中條さんは孫子の兵法の応用、あるいは作戦要務令の応用だと言われておられます。しかし氏の活動規範を伺う限り決してそれだけではなさそうだしもっと深く氏の人生に対する考え方道徳の有り方に其の成功要因をみることができます。

氏の仕事への取り組みはいつでも命をがけです。
先年上越の友人からその会社の何周年かの記念講演に1年前から約束していたそうです。その日が近づいた二日にめまいがして気分がおかしくなったので急いで医者に診てもらったらこれは大変だすぐ手術をしなければいけないという、さっそく集中治療室に放り込まれ検査を受けたそうです。でも明日は友人との約束した講演会の日です。主治医に必死の思いで頼み込みすまないが明日一日だけ勘弁してください、講演が終わったらすぐ帰るからと頼み込みついに集中治療室抜け出し、上越に向かったそうです。其の時医者は私は責任持ちませんよ、もしかしたら一命を落としますよと警告しました。もしどうしても行くなら息子を連れていくことそして絶対座って話をしてください、立て話したらいけませんよと。

さて講演が始まり話が佳境に入ると、もう当人は立ち上がって話を始めたようです。息子さんは気が気ではなかったようです。そして講演が終わり急いで汽車に乗り集中治療室にむかいます。しかしもう疲れはてて当人はこれでおしまいかと思い遺言状をしたためて息子に渡して病院に急行したそうです。勿論次の日に手術、手術は無事終わりました。心臓の修理はうまく行ったようです。医師曰く先生あと20年位働けるようにしっかりと修理しておきましたよ。とのこと。

この話を聞いてなるほど中條さんの経営はいつも命がけだから3位が1位になれるのだと理解しました。

企業でベクトルを合わせるのは並大抵ではありません。しかも何年にもわたる経営の惰性が部署間の壁を作ってしまいます。各部署が自分の部署の思惑を優先します。もしも会社にビジョウンがなければ各部署の思惑だけで仕事がすすめられてしまいます。会社のビジョンの確立が大事です。そして後はベクトルをあわせることです。日本の大企業は明確なビジョンの確立が難しく、そしてまたリーダーの不在の為にベクトル合わせが出来なくなってしまっています。だから大手の会社がつぶれたり安いバリューでM&Aされていくのです。

中條さんはどの時点でもいつも会社の将来を慮り自分なりの解決策をいつも考えていたようです。決してこのボンクラ上司がいないともっと仕事がしやすいのだがなどとはけして思っていなかったようです。しかしいつもどうしたら会社を発展させるにはどうするかは考え続けていたようです。朝日ビールの中興の士である山本社長が社の現状を話してくれた其の時中條さんはその話を聞いてついに涙してしまった。かってのビールの王がこんなに落ちぶれたのかと涙がでたのだそうです。中村さんはそれを見逃がすはずはありません。早速中條さんをよんであの涙はなにかと訪ねました。朝日ビールの現状を見てあまりにも悔しかったので涙したと答えたそうです。それを聞いて中村社長はそれでは君、会社再建の青写真を作れと命令されたそうです。それが涙の建白書になるのです。それが朝日ビールの再建につながったのです。

森信三の言葉の中に次の様な一節があります。

 ”人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないときに。これは(出逢い)のうちに秘められた。神意と言うか、天意の恵みについてその哲理の表現でありますとともに、一見、偶然と見られる事柄も、すべて必然性の作用によるということです“

中條さんはこの中村さんと言う社長に逢う必然性があったのですね。それからが中條さんの活躍で朝日ビールが再生されて日本一になるきっかけとなっていくのです。

中條さんは人の縁を大事にされています。 袖振り合うも人の縁だと。人生の中でのふれあう縁と言うものそれがもし必然性であったらこんな素晴らしい出会いはないでしょうね。ビールの味について色んな人に聞いています。しかもキリンビールは初め、競争相手の技術者の意見をきいてまわっています。これこそネットワークの真髄です。あるいは中條さんの絶えざる“袖振り合うも人の縁”を大事にしてきたからこそだとおもいます。

サラリーマンで会社の仲間と飲んでいるときの話題の大半は上司への不満が大半です。もしこの上司がいなかったらもっといい仕事ができるのにもっといろんな挑戦ができるのにとの愚痴が大半です。しかしその上司のそのうえの方が貴方の仕事ぶり内に秘めている思いをみているものです。あるいは他の会社の人が貴方をみています。そしてある時逢うべきして逢う人に必ず逢えるものです。兎に角いつも改革の意識とチャレンジ精神を持ち続けておれば必ずメンターあるいはサポーターがあらわれるものです。

講演が始まる前に中條さんとはなしをする機会がありました。そして読みかけの“御爺さん戦争の事教えて“の本に毛筆でサインをいただいた。さらに御自分でおもちであった “陸軍士官学校の人間学“の本までいただきサインもいただいた。書いていただいたのは“一期一会”でした。

私も又、逢うべき人に必然的におあいしたのだと認識しました。
これからは何か相談したかったら時間を作ってくれるものとおもいます。
この縁を生かすのは後は私の努力しだいだとおもいます。中條さん今日の講演会ありがとうございます。

素晴らしい人物にお逢いできて大変うれしく思いました。
孫子の兵法をビジネスの状況に合わせて解説してくださった。

“小が大に勝つ兵法”
朝日ビールの戦略と照らして解説していただいている。
楽しみの一冊です。

“おじさん戦争の事おしえて”
この本で初めて教育勅語をよませてもらいました。こんな素晴らし記述があるのをどうして葬り去ったのか。戦争に負けても自国の誇りは保つべきではなかっただろうか。戦後のマッカーサーのあるいはアメリカの戦略にすっかりはめられて日本を駄目にしてしまったようです。是非一読してください。

“陸軍士官学校の人間学”
さていまの世の中にこれに近い学校を作るとしたらどうしたらよいだろうか。これから我々が考えて若い人たち育てるために考えなければ行かない重要な課題だとおもう。昔の村塾あるいは寺小屋のように人間教育、道徳教育を小さいうちから教えそしてチャレンジ精神の旺盛な子供たちを育てないと日本の将来が危ないのでは。そんな学校を沢山作る必要があるのでは。