10/11/15 月曜日11:06:18

(日本一のガーリック生産地を訪ねる。) October , 2010


日本一のガーリックの生産地は青森県で、その中でも田子町は品質日本一といわれています。毎年10月の第一土曜日と日曜日に盛大にガーリック祭りがおこなわれます。今年は2日と3日でした。アメリカ一(いち)のガーリックの生産地はカリフォルニアのギルロイです。ギルロイは、Silicon Valley の南に車で40分ほど行ったところにあります。エデンの東のスタインベックが愛した、小高い丘の連なる農村です。田子町とギルロイはいつの日からか姉妹都市の関係を結び、お互いの交流がはじまりました。毎年数名の人たちが交互に訪問し合ってホームステイをたのしんでいます。今年は 咸臨丸米国訪問から150周年たっているのでサンフランシスコで大きな式典が行われました。

【田子町の入り口】


大政奉還のきっかけとなり、坂本龍馬などに多大の影響を与えたJohn Manjiro、そしてJohn Manjiro を救ったCaptain Whitfield その交友が、その後もその子孫まで続きそして70年にもおよんでいます。そしてこの交流を広く一般の人たちに広め、日米民間の交流と平和を推進するために、国際草の根運動が1992年に発足しました。(会長はあの小沢一郎さんです)

今年は咸臨丸San Francisco 入港150年の記念式典と共にJohn Manjiro とCaptain Whitfield の行事も相前後しておこなわれました。何と日本から250名の人たちがここサンフランシスコ近郊にホームステイに訪れたのでした。この中にも田子町から数名の人たちが参加していました。アメリカの人たちは金持ちも貧乏人もありのままにホームステイを受け入れてくれます。そして普段と同じような生活でお客をもてなします。決して豪華なもてなしをしません。ありのままを見てもらいます。そんなわけで何と250名の多くの人たちを受け入れてくれたのです。やっぱり姉妹都市の人たちが一番多くホームステイを受け入れてくれています。

私は移民の父と称された鹿児島から農業移民を数百人もカリフォルニアに送りこんだ内田善一郎さんの息子、テッド内田さんとこの会の資金集めを手伝いました。何しろこれだけの人達の色んな費用などに相当なお金が必要です。幸いテッドのネットワークのおかげで、目標のお金が集まりました。日系の企業の協力あるいは、姉妹都市の関係の人たちが寄付していただき、この草の根運動の資金が調達されました。

このホームステイに福岡の大学生が20名ほど参加していました。オープニングセレモニーで話した学生達の気迫のないことに、いささかガッカリしました。しかし彼等とクロージングセレモニーで話した時の彼等の眼の輝きは、一段と生気に満ち満ちしていました。このように異文化を垣間見るだけでこれだけ違うのかとビックリしました。そして彼等がホームステイで受けたもてなしが、どれだけ彼等を活性化し、今後の生き方に影響を与えたことか。

閉会式では 次の世代に引き継ぐ地球儀のトーチが引き渡されました。John Maniro の5代目中浜キョーコさん、Captain Whitfield さんの5代目、そしてペリー提督の4代目のみなさんが登壇し、次への引き継が行われ、なんと170年もこの精神が引き継がれているのです。この草の根運動のアメリカ側のチャーマン、かつての日本のアメリカ大使 Michel Amacost さん、そして Executive Director が日系二世のMegumi Inoue 嬢、彼女の活躍と頭脳明晰さには大変感心しました。彼女の活躍がこの会を大成功に導いてくれました。そのうち私のスタートアップの会社の社長にしたいなと思っています。

【Amacostさん、日本アメリカの草の根運動会長の渡辺さん、
アメリカの代表Dr. Richard Woodさん、そして田子町の恵子さん勝予さん】


又、Amacostさんの努力でアメリカ側の色んな団体が協力してくれました。Amacostさんは会っただけで温かい感じを人に与える素敵なひとです。日本も彼のような大使がある時期日本に来てもらって、日米友好を維持してくれていたのだとありがたいおもいがしました。さすがにアメリカの人2回目に会った時はすでに”Tsuyoshi Nice See you Again. “です。

【日米デザイナーによる愛情の表現】


閉会式では、日本から訪問してくれた人たちの何と生き生きしていることか。この草の根運動のもたらす意義が彼等の彼女等の眼の輝きにあらわれています。微力ながらこの活動に参加した大きな対価でした。そして提灯行列、盆踊り、サンフランシスコの日本町をみんなで踊り歩きました。そのほかに田子町から来た佐藤恵子さんと宝田勝予さんが参加されていました。そして是非田子町に来てくださいとの招待を受けて、テッドさんの奥さんの万貴子さん、お母さんで田子町を訪問しました。ガーリック祭りは町の広場に大きな鉄板焼きが用意されており、切符を買ってこれをもっていくと何と、霜降りの肉と野菜とガーリックの入ったパッケイジを渡されます。これをもって大きな鉄板の前で肉と野菜を焼いてたべるのです。

兎に角肉の美味しいこと、ガーリックのおいしいこと。たれが付いていたが、塩でも食べてみたいと思った、恵子さん来年は塩も用意してください。ギルロイから来たガーリックの女王と、田子町の女王とみんなで鉄板を囲み大変美味しい肉と、野菜、ガーリックをいただいた。そして土地の高校生のボランティアの皆さんに、いろいろ面倒を見ていただいて楽しい食事でした。八戸の米軍基地が近いので、米軍の人たちが家族ぐるみで車で大勢参加していました。そしてエンターテンメントは何と日米両語での司会です。



さすがにグローバルな町です。これもギルロイとの姉妹都市がもたらす効果なのかもしれません。夜は我々アメリカから来た人たちのために、パーティをひらいてくれました。食べきれないほどの海の幸山の幸でした。町長の松橋良則さん、そして沢口町議会議長のみなさんと歓談することができました。町では町の費用でアメリカ人を英語の先生として雇っています。ジェシカさんすでに町の人気者で町の生活に溶け込んでいます。若い人たちの友達です。そして気楽に町の人たちと交流しています。今年は中学生を10名ほどギルロイのホームステイに送り出すそうです。そして来年は高校生を20名ほど、同じくギルロイにホームステイに行かせるとのこと。実に町をあげてグローバリゼイションに積極的です。これらの学生が町に帰ってきたら、きっと町の将来のために、イノベイティブなアイデアを出してくれるものと、頼もしくおもいます。流石に町長さんのこのような努力に感謝したいとおいます。

日本を活性化するには、中学生からグローバルな視野をもつように啓発しないといけないと思う。我々は大学生の活性化を考えて、日本から訪米する学生をいろいろSilicon Valleyで、現地のチャレンジ精神イノベイションを体現できるようなプログラムを組んでいるのですが。むしろ大学生では少し遅すぎるようなきがする。高校生中学生なら彼等が大学に入る前に、自分はどうしたらいいかを考えて自分の進む道を早めに見つけてくれるものと思う。黒川清さんが、大学の一年を休学して是非世界を見て来い、という提言をしています。何もアメリカがいいのではなくインド、フイリッピン、バングラデシュ、アフリカなど、兎に角日本以外の国を見て来いと言っています。いい提言だとおもいます。

【大勢の中学高校生のボランティア達】


今、田子町では、このギルロイを見てきた中学生小学生、高校生そして大人の人たちがいっぱいおります。この人たちはすでにグローバルです。日本のグローバリゼイッションは田子町からおこります。もうすぐこれ等の子供たちが大学生になったらグローバルに活躍する人たちが沢山でるものとおもう。他の町でも同じようなグローバルな活動のできる子供達を育てたらどうでしょう。この町の英語教育に対する取り組みも又参考にしてほしいとおもいます。是非町のお金でアメリカ人の若者を雇って英語教師としたらいかがでしょうか。町長さん是非全国にこの考えをすすめてください。

田子町での楽しみを、会う人会う人に話したら、もう皆さん涎を垂らして来年は是非連れていけとの要望です。すでに15名ほどコミットしています。佐藤恵子さん、あの一つしかない旅館よりもこの時だけ一般の家庭で民宿をやったらどうだろうか、きっと大変喜ばれるのでは。みなさんがギルロイで味わったのと同じように田舎を知らない東京の人たちが喜ぶのでは。それと体験ガーリック植えをして次の年にそのガーリックを食べにくるイベントをやったら毎年必ず尋ねる人が多いのでは。私の仲間には稲を植えに行って、そして秋に刈り取りまで行って、さらにそのお米でご飯を炊いて楽しんでいる人もいいます。又、肉が大変好きな人、毎日でも肉を食べたい人など沢山います。牛の丸焼き、あの肉はさすがにおいしかった。残念ながら焼くところはみのがしてしまった。

【宝田さんの家で大勢の若者が集まっている】




来年行く連中は肉の好きな連中です。我々の仲間にはあと肉を数枚余計に入れておいてほしいですね。是非田子町の肉を食べてグローバルになりましょう。来年たのしみです。仲間のみなさん10月の第一土曜日、日曜日をあけておいてくださいね。