06/11/05 日曜日0:05:00


 

10月24日に Kodama Koi Farm の展示会がホノルルで開かれました。
思い起こせば2 年前の新潟中越地震で山古志村の大半が破壊され住民がすべて疎開しなければいけなくなったことはまだ記憶に新しい。
住民が山古志村に帰るすべもなくいまだ疎開先で苦労されています。
棚田の美しいこの村、錦鯉の産地、あの地震で数十万匹の鯉が死んでしまったという。今この錦鯉のブリーダー の人たちはまた一から立ち上がってあの素晴らしい鯉を育てるためにがんばっています。再度稚魚から育ててその伝統を守ろうとしています。
三色、昭和、紅白など素晴らしい鯉を山古志村のブリーダーたちが育ってきたのでした。
この山古志村の鯉を販売しようとハワイで鯉の養殖所を樹神さんが作られました。

 


 

ハワイの州政府とのいろいろな交渉の結果 Mililani 市で パールハバーを望む丘の上に40エーカーの土地を借り受けてKoi Farm を完成させました。

 


 

このような池が70ぐらいつくられている。

鯉の稚魚は山古志村や小千谷、(新潟県)から購入されています。
ハワイの水質がとてもよいのと気候が鯉に最適なので健康な鯉が育つようです。
樹神さんは州政府に鯉の良さをいろいろ説きそしてハワイ経済への効果を順々に説き養殖池の許可を半年かけて得ることができたようです。
樹神さんの誠実な説得と並々ならぬ鯉への思いが州政府を動かしたようです。 樹神さんは山古志村、小千谷などのブリーダーと40年以上の付き合いで新潟の鯉をこよなく愛し新潟のブリーダーの鯉を世界に販売されています。この深い絆が山古志村の鯉をすくうのに立ち上がり今アメリカから世界に鯉を広めて新潟のブリーダー達が又元気を取り戻せるようにがんばっておられます。
日本錦鯉振興会の新潟地区長 伊佐 先 氏(三色 錦鯉の有名なブリーダー)もこの会に参加されて山古志村の復興の現状を説明され今後の発展を祈っておられた。
樹神さんと伊佐さんのしっかりしたつながりがこのハワイの事業を強力に支えています。

 

伊佐さんが育てた三色の見事な錦鯉

今回のこのオープニングにはハワイ州副知事と経済局のかたがたが多数参加されてKodamaKoi Farm の前途を祝福していました。
樹神さんはハワイ大学の経済学のRobert Garrity 教授(Kodama Koi Advisor) さらにハワイ州政府の経済局 の人たちと大変なかよくしています。 逆にみなさんが樹神さんのフアンとなっています。

樹神さんをみているとまるで昭和の錦鯉のようなお顔をしておられる段々自分が愛情をかけているから似てきているのでしょうね。
初めて 樹神さんにお会いしましたが。もうずーと昔から知り合いだったような気にさせる方でした。又この会合でのSpeech は素晴らしかった日本人に限らずアメリカ人もすべて20年らいの友達みたいに紹介していました。言葉の壁を乗り越えて心の通っていること。この会にお見えになった人達一人ひとりに友達のように応対していました。

茶の湯で 一期一会 という言葉があります。
この人と今ここで会うのが最後かもしれないそうだとするとこのひと時を大事にこの人に接しなければいけないそれがお茶をたてて差し上げるときの心得となっています。

起業家としてもその情熱はたいしたものです。そして鯉を売る情熱は大変なものです。
鯉を売ることによって人生の潤いを売っていらっしゃるようです。
そして 一期一会の心得でお客に接していらっしゃるのでしょう。
又この気持ちで40年間も山古志村の人たちと付き合ってこられたものかと思います。
起業家としても素晴らしいです。 起業をするにはまず起業家の情熱が第一です。この情熱なくしては成功しません。ハイテクの投資を主にやってきた自分にとってこのような業種の起業を見るのは驚きでした、又 樹神さんを見ていてハイテク企業の成功者と相通じるものがあります。
きっと大成功されるものと思います。そしてハワイ経済に貢献しさらに世の中の人たちに潤いを分けていかれる事とおもう。

 

Kodama Koi Farm に投資をされた TNP オンザロード の山下社長
彼も 樹神さんの起業家精神にほれた一人かも知れない。

樹神さんは2004年10月23日地震のあったその日に山古志村でブリーダーと話してからから小千谷に向かいそれから名古屋に帰られたそうです。鯉たちが最後の別れを 樹神さんにしたかったのでしょうね。名古屋に帰り5時56分のこの大地震の悲報を聞きすぐに又小千谷に飛んで帰ったそうです。
若いころから自転車で山を駆け回りブリーダーと付き合っていた 樹神さんは寸断された国道でも回り道をしながら山古志村に入りブリーダー達の安否を確かめて回られたようです。
そして山古志村の鯉を救うのにヘリコプターで鯉を山古志村の山の中から救い出すのをてつだったそうです。

山古志村は長岡市から拾数キロ山の中に入ったところです。国道291 号が唯一の外部につながる交通網です。ご存知のようにこの道が地震で閉ざされて山古志村には入れなくなりまた、村に取り残された人たちが自衛隊のヘリコプターで救出される映像は今でも鮮明に我々の中に残っています。
このときの惨状が 樹神さんがKOI usa という雑誌の書かれています。
写真を取らしてもらって下記に掲載します。
山古志村は山の傾斜地の村落です。棚田が素晴らしくその間に鯉を育てる棚池が散在しています。
山古志村、小千谷 に600名ほどのブリーダ がいます。そして錦鯉のいろいろな品種を開発してこられました。この地震で30万匹ぐらいの鯉が死んでしまったそうです。
山古志村、小千谷のブリーダーは今元気を取り戻してこの鯉の素晴らしい伝統を守ろうとがんばっております。
樹神さんはその一助として今ハワイでがんばっています。
ペットのマーケットは大変大きくなっています。世の中がめまぐるしく変わっています。
この錦鯉の美しい色合いを見ていると心が和むものです。是非たくさんの人がこの鯉を飼ってペットとして育っててほしいものです。それが山古志村の人たちへの援助となるかと思います。

樹神さんがんばってください。

 


 

山古志村の棚田と棚池、鯉を育てる池とお米を作る池が交互に存在する。この素晴らしい景色が一瞬のうちに崩壊してしまった。

 

鯉の品評会への出品準備 (山古志村ふたたびから)

 

山古志村の地震の惨状

 

地割れした池と屋内の水槽
ヘリコプターによる鯉の救出親の鯉を救出してやっとタンクに入れてブリーダーの人たちに笑顔が戻った

 

鯉にえさをあげる 樹神さん。

 

樹神さんの KOKUGYO という鯉の紹介の英語の本

 

KOKUGYO の中の1Page

 

祝辞を述べるHawaii 州副知事

 

盛大な Japan Nishikigoi Expedition In Hawaii (at Hyatt Regency)

 

樹神Koi Farm の見学者

参考資料
山古志村ふたたび 、中条均紀 小学館
KOKUGYO by Mamoru Kodama Shin Nippon Kyoiku Tosho Co. Ltd.
www.kodamakoifarm.com
www.japan-nishikigoi.org